(前回からの続きになります)
兄が動かないことを大前提として、
母の退院の段取りを組んでいた私は、
思いもかけず兄から送られてきた、
11月1日と2日は、そちらに帰るように仕事を調整します。
というショートメッセージに、
激しく脱力しましたが、
いつまでも脱力している余裕は、
私にはありませんでした。
過去に不要な人間として扱われた経験から、
これ以上、
人に嫌われたくないという思いが働き、
人に迷惑をかけることを、
恐れるようになった私は、
人に頼み事をするのも、
極端に苦手になっていたのですが。
母の退院の翌日に予定されていた、
母の家の手摺設置工事の日は、
時間休さえ取ることが出来ずに、
本当に申し訳ない気持ちで、
叔父さんに工事の立ち会いをお願いしたため。
兄が仕事を休んで帰ってくるならば、
兄が工事の立ち会いをすればよく、
叔父さんに立ち会ってもらう必要はなくなったと、
叔父さんに連絡していいかと、
兄にショートメッセージで確認したところ、
叔父さんにも会いたいので、工事に立ち会わなくてもいいから、少し顔を出して欲しいです。
との返信が来たため、
叔父さんに、
- 兄が帰ってくるため、叔父さんに工事の立ち会いをしてもらわなくても、大丈夫になったこと
- 工事の立ち会いは不要になったけれど、兄が叔父さんに会いたがっていること
などを伝えました。
そして私は次の3点を、
11月2日に行って欲しい内容として、
兄に伝えました。
- 工事は朝の9時頃から開始され、2、3時間で終わると業者さんに言われていること
- 介護用の椅子がまだ届いていないけれど、工事の日にお金を払うように調整していること
- 午後から時間があるなら、母が1人で外で行動していて何かあった時の連絡用に、母に携帯電話を購入してあげて欲しいこと(購入する携帯電話は選定済)
※工事代金の支払と携帯電話の購入については母も了承しており、母がお金を用意していることも合わせて伝えました。
兄は私の3つの依頼全てに、
「分かりました」と答えたため、
後は兄に任せることにして、
11月1日の夜は早々に、
私は自分のアパートに帰宅しました。
無理して半日休を取ったため、
かなり疲労困憊していて、
家に帰った途端、
ベッドに倒れ込むようにして眠りに落ちました。
翌日は、
夢をみることもない位、
ぐっすり眠れたからか、
それとも退院日からではあったけれど、
私や娘から何か言われる前に、
初めて兄が自分から、
母の入院に関して、
自発的に動いてくれたからか、
久しぶりに体が軽い感じがして、
精力的に働くことが出来ていました。
だから、午後3時過ぎに、
兄から自分の携帯電話に着信があったことに、
全く気付いていなかった私は、
着信に気付いてすぐ、
何かあったのではと不安になり、
慌てて兄に連絡したところ、
兄から、次のように言われました。
介護用の椅子が届いてから、代金を支払うと業者には言いました。
私は、兄のこの言葉に、
心底がっかりし。
そして、母の退院まで、
自分で動くことを全くしていなかったからこそ、
兄は平気でこんなことを言って来るのだと、
本当に恨めしく思いました。
なぜなら、業者さんに、
工事の日にお金を支払うという話は、
私の方から業者さんに、
申し出たことだったからでした。
今回の工事の日程の件で、
私はかなり、業者さんに無理を言いました。
介護用の椅子が届く前に、
工事を実施して欲しいということも、
私の方から言い出したことでした。

そのため業者さんは、
工事と合わせて介護用の椅子を届けられれば、
会社から母の家まで、
車で片道1時間ほどの距離を、
1回来れば済むだけだったところ、
設置工事のために1回、
介護用の椅子を届けるためだけに1回、
来ることになったのでした。
そして、私が、
工事の日にお金を支払う調整をしたのは、
決して業者さんに、
申し訳ないという気持ちからだけでは、
ありませんでした。
業務さんからは、お金の支払は介護用の椅子を届けた後でいいですと、言われていました。
11月2日を過ぎれば、
母の家には母以外、
誰も居なくなってしまいます。
歩くのに杖が必要になり、
高齢で免許を返納し、
車の運転が出来なくなっていた母は。
銀行まで自由に行くことが出来ないため、
あらかじめ、
決して少なくない工事代金を、
手元に持っておく必要がありました。
私が、業者さんに、
椅子が届いてからでいいと言われたのに、
お金を工事の日に支払う調整をしたのは、
母に大金を長期間持たせないため、
母に1人で大金の支払を任せないため
でも、あったのです。
現金払か振込か選べましたが、母が容易に銀行に行けないことと、振込手続きが難しいのではないかと考えたため、現金払を選んでおり、支払を調整した段階では、椅子がいつ届くか、分かっていませんでした。
工事の日に支払うならば、
一緒に話を聞いてくれる人がいる為、
母も1人で対応するよりも、
ストレスが少なくて済むだろうという考えが、
私にはありました。
「母が支払をする時、誰かに一緒にいて欲しい」
そんな私の考えを聞いて、
業者さんも納得し、
「分かりました、領収書を用意しておきます」
と言ってくれていたのです。
もし、そんな私の調整が、
気に入らなかったのなら。
せめて私が、
兄に支払いをお願いした段階で、
異議を唱えて欲しかった。
工事の調整でどれだけ無理を言ったか、
ただ結果を聞いただけの兄には分からない為、
きっと私が兄の言葉を聞いて、
業者さんに対して感じた心苦しさは、
理解出来なかったでしょう。
それでも、まだ。
購入物品が揃っていないから代金を支払わなかった、
という兄の言葉は、
納得出来るものではありました。
私の心を逆撫でしたのは、
兄の、
その次に続いた言葉でした。
母さんの携帯電話は買ったけど、時間がなくて基本の使い方しか教えていないので、また教えてあげてください。
この、兄の言葉に。
兄にとっては、
私が母の面倒を見るのが前提で、
自分は手伝っている立場だという思い
を感じとったからでした。
兄のこの言葉は、
私が母に会いに行くことが前提で、
そしてそれを当たり前に思っている言葉でした。
もし、私が逆の立場で、
兄から母の携帯電話購入を託されていたのなら、
お母さんに携帯電話は買ったけど、時間がなくて基本の使い方しか教えていないので、"お兄さんも"お母さんに使い方を教えてあげてください。
と、伝えていたと思います。
私はかなり無理をして、
母の面倒を見ているけれど、
兄は自分の"できる範囲"で
母の面倒を見ている。
兄の言葉に、
ようやく兄にやってもらうことが出来たと、
頼んだ母の携帯電話購入が、
兄が自分に出来るところまでやって、
再び私の元に返されたことで、
後を人に任せられる人間はラクだよね
という怒りの感情が、
私の中に湧き出しました。
確かに私は、
退院後の母の様子を、
見に行くつもりではありましたが、
兄にそのことを伝えてはいなかったし、
兄からも、
退院後の、
母の様子を見に行って欲しいと頼まれることも、
母の入院中のように、
毎週末、母の家に通うのか確認されることも、
ありませんでした。
私が母の面倒を見るのは当たり前
兄の言葉の裏に、
母の退院後も、
母の面倒を当然のように私に任す、
兄の気持ちが透けて見えた気がして、
それでも、
こんなことで言い争っていては、
母の面倒を押し付けあっているように見えて、
早く家に帰りたいと思いながら、
子供達に迷惑はかけられないと、
入院出来る最長の期間まで、
病院でリハビリを頑張っていた、
母を悲しませてしまう、という思いから。
兄の、
私に対する言葉に、
色んな自分の気持ちを呑み込んで、
「分かりました」
と答えながら。
親の介護をしている子供が、
普段、何もしていない兄弟から、
口だけ出されたらイラつくって、
こういうことかな
と、
最終的に私に丸投げしてくる、
兄のような態度は、
世の中ではよくあることなのだと、
必死に自分に言い聞かせ、
なんとか自分の心を落ち着かせたのでした…
世界から孤立していた私の話13〜退院後の母の私への態度に続きます。