社会との関わり方

発達障害グレーゾーンは自分達の快適な環境を勝ち取っていくしかない

私が働いている営業所の、
課長と課長補佐は定型発達者です。

彼らの人脈の広さ、
人との、
コミュニケーション能力の高さを見ていると、
どんなに、
発達障害グレーゾーンの自分が頑張っても、
彼らのように自分が人と関わる事は、
出来ないと痛感します。

特に課長は相手に対しての気遣いが凄く、
相手に合わせて、
自分のキャラクターを使い分けられる為、
上司に気に入られることも多く、
同世代の中でも出世頭となっています。

そんな課長と課長補佐が、
4月に転勤する事になりました。

二人とも、昇進に伴う転勤です。

やはり、会社という組織の中で、
上に上がっていくのは、
このような、
人間関係が上手く構築出来る人達だと、
実感します。

一般的に会社では、
役職が上に上がっていく程、
人との交渉が多くなるため、
高度なコミュニケーション能力が、
必要とされます。

発達障害グレーゾーンの私に、
そんな能力は無いため、
本当は今の係長という役職さえ、
こなすのは一杯一杯です。

それでも私が、
何とか係長という職務をやれているのは、
総務といった、
広く浅い知識が必要な業務ではなく、
法律といった、
深く狭い知識が必要な業務に、
就いているからです。

人との、
コミュニケーション能力が低くても、
業務に関連する法律の知識が、
人よりある私は、
人間性ではなく、知識で、
相手からの信頼を得る事が出来るため、
係長という立場も、
何とかこなせているのです。

そんな私が課長と課長補佐の、
送別会の幹事「補佐」を、
する事になりました。

そう、幹事ではなく幹事「補佐」です。

何で幹事「補佐」という、
不思議な立場になったのかというと、
私のいる営業所では、
誰かが転勤する時には、
送別会を行うのが慣例で、
2人が転勤すると分った時に、
彼らと一番関わりの深い立場の私が、
送別会を企画しなければならないと、
場所や時間を考えていたところ、
課長補佐からこっそりと、

「T君にやらせて」

と言われたからです。

T君は、
私と同じ総合職で入社しながら、
仕事が出来ない為に、
難しい仕事を任せる事が出来ず、
本来ならば、
一般職採用の女の子達がする、
窓口の受付業務を、
ずっとしている男の子です。

そんな彼の上司からの評価は、
あまりよくありません。

課長からは、
発達障害だと思われています。

真面目でこだわりが強く、
人とコミュニケーションを取る事が、
苦手な彼は、
自身も発達障害グレーゾーンであり、
2週間に1度、
発達障害専門カウンセリングに、
通っている私の目から見ても、

「発達障害かもしれない」

と思わせられる男の子です。

そんな彼は、
周囲に対する気配りが出来ません。

だから送別会の幹事を、
少なくとも今の営業所に勤務している間、
彼はやったことがありません。

だから課長補佐は、
そんな彼に経験を積ませようと、
T君を送別会の幹事にし、
私にサポートするように言ってきたのです。

私は、これが、
本当は苦痛でたまりませんでした。
課長や課長補佐は知らないけれど、
私自身も、
発達障害グレーゾーンに位置する人間であり、
私も人に対する気配りが必要な、
幹事というものが得意ではないからです。

自分自身でも上手く出来ない事を、
人に教えるというのはとても大変です。

でも、私は上司からの言葉があった為、

「自分にはやる自信がないし、
仕事もとても忙しい」

というT君を、

「私も手伝うから」

と言って説き伏せ、
何とか幹事を引き受けてもらいました。

でも私は、
この営業所にきて1年足らずで、
1度もこの営業所の送別会に、
参加したことが無かったため、
この営業所の送別会が、
かなり大がかりだという事を、
知りませんでした。

この営業所は田舎にある為、
送別会は、
電車で1時間以上かかる、
県庁所在地にある街中のお店で行い、
必ず2次会のカラオケまで、
セッティングしていることを、
私は前回の幹事から話を聞いて、
初めて知りました。

そうなると、2次会が終わるのは、
夜の11時を回ります。

その時間には、
田舎にある自宅に帰る電車は、
もうありません。

私は送別会に参加しようと、
考えてくれている皆んなに、
日程を知らせ、
2次会に参加する人達は、
宿泊場所を確保するようにお願いしました。

私は地元の人間ではないし、
県庁所在地にあるお店を知らなかった為、
地元採用の、
窓口業務を担当している女の子達から、
良いお店を教えてもらい、
1次会と2次会のお店を予約し、
皆んなに案内をつくって回覧しました。

その間、私より、
この営業所の送別会のことを、
よく知っているT君は、
本当に何もしませんでした。

お店を決める事も予約することも、
参加者の出欠をとることもしませんでした。

そして、私がつくった送別会の案内を、
皆んなに回すようにT君にお願いした時に、
私にこう言いました。

「自分は次の日に用事があるので、
2次会には参加できません」

私は宴会が嫌いな彼が、
こう言ってくるのは想定内だった為、
深く追求する事なく、

「うん、分った。
いいよ、2次会の幹事は私がやっておくから」

と答えました。

私だって、本当は2次会など、
セッティングしたくなかった為、
帰りたい彼の気持ちがよく分ったからです。

そして何よりも2次会なんてものは、
私のように、
職場で孤立しているような人間まで、
無理矢理参加するよりも、
気の合う人達だけで楽しめばいいじゃないか、
という気持ちがありました。

ただ、T君が参加しないという事は、
目に見えていたため、
幹事「補佐」の自分は、
参加しなければいけない、
と思って決めた2次会参加でした。

「1次会はソーシャルなもの、
2次会はプライベートなもの」

というのが、
私の中での宴会の位置付けでした。

だから私は、
自分が課の中で一番心を許している、
部下ではないパートの女性が、
孤立していながら、
2次会に参加する私を心配して、
次の日に用事があるのに、
自分も2次会に、
参加しようとしてくれている事を知って、

「2次会なんて、
無理して参加しなくていいですよ」

と言って、参加を止めたほどでした。

でも、課長や課長補佐、
その他の人達の考えは違ったようでした。

彼らは、自分達が納得出来る理由以外で、
2次会に参加しない人間を、
とても不快に思うような人達でした。

1次会が終わり、
会計を済ませているT君を横目で見ながら、
私は歩いていける近さの2次会のお店に、
皆んなを誘導して行きました。

2次会に、
T君が参加しないことは知っていたから、
私は皆んなより先に、
カラオケ店に行き受付を済ませ、
後から来る皆んなを、
部屋に案内していました。

部屋に、
2次会に参加すると言っていた全員が入り、
私が皆んなを部屋に案内出来たことで、
ホッとしていると、
なぜかT君が部屋に入ってきて、
私に何かを手渡してきました。

2次会に参加出来ないことを気にしての、
T君からの寸志でした。

私は上司から、
T君が2次会に参加しない事の、
不満を聞かされていたので、
普段、寸志などに気を遣わない彼が、
そんな事を気にするほどに、
周囲の人間から、
2次会に参加しないことを、
責められたのかと思うと、
彼のことが不憫になりました。

「いいよ、
2次会でこういうのは貰わないよ」

そう言って、
私が彼の寸志を返そうとすると、
そのやり取りを見ていた課長が、
口を開きました。

「そうだ、
そんなものはいらないから参加しろ!
歌を歌え!!」

そう言われて、彼はマイクを握りました。
課長に言われるまま、
彼は続けざまに3曲、歌を歌いました。

結局部屋に入って歌を歌い、
飲み物まで飲んだ彼は、

「利用したので」

と言って私に参加費を払い、
そして、
もうさすがに最終の電車が来るからと、
まだ何かを言っている、
課長の言葉を振り切って部屋をでました。

私は、そんな、
少しでも、
2次会に参加しようという姿勢をみせた、
彼の姿を偉いと思っていたのですが、
課長は違ったようでした。

「明日、仕事があるから帰るって言ったけど、
休みなのに何があるんだ?!」

「絶対ウソだろう!!」

「俺達よりも大事なものがあるなら帰れ!!」

T君が帰ってからも、
不満を言い続ける課長に、
私は言いました。

「確かに休日出勤までして、
働かなきゃいけない仕事なんて彼にありません」

このことは言っておかなければ、
彼の直接の上司である私が、
過重労働させてしまっている事になるので、
この彼の嘘をかばうことは出来ませんでした。

「でも、最初は、
2次会に参加出来ないって言って、
全く2次会に来るつもりの無かった彼が、
こうやって少しでも、
2次会に参加して歌っていったっていうのは、
かなり彼の中では頑張ったんじゃないですか?」

私がそう言うと、課長は少し考え込み、

「確かにそうだね」

と言ってくれました。

ずっと2次会に参加しなかった彼が、
2次会に参加したのは、
これが2回目だったそうで、
彼の進歩は課長も感じたようでした。

それでもまだ何か考えている、
課長の気分を何とか盛り上げようと、
私は苦手なカラオケで、
曲にのっているフリをして、
楽しく振る舞い続け、
そんな、
自分の心に反した行動をとった事に対し、
私は1人になってから、
激しい自己嫌悪に襲われて、
心身ともに疲れ果て、
昨日は丸1日、
食事を摂る事さえ億劫で、
ひたすら寝て過ごしました。

きっと課長は、
立場上、飲み会の機会も多い為、
最低限しか参加しない、
T君のような人間に、
苛立ちを覚えるのでしょう。

「会社は仕事の能力よりも、
人付き合いが大事な場所だ」

そう課長自身が言っていたように、
課長の目からみたら、
人付き合いを、
蔑ろにしているように見える、
T君のような人間は、
社会性が無いと、
思ってしまうのかもしれません。

うちの会社は、
今の社会で、
存続しているのが不思議なくらい、
日本社会の旧態依然とした会社だと、
勤めている私は思います。

その人個人の能力ではなく、
人付き合いの良さが、
業績に響くこの会社では、
コミュニケーション能力の低い、
私やT君といった、
発達障害グレーゾーンの人間は、
悪目立ちしてしまいます。

けれど、私やT君には、
これが精一杯の人との関わり方なのです。

きっと課長のように、
人と接することで、
ストレスを発散できる人間は、
人と沢山接することで、
次の日に動けなくなる程、
消耗する人間がいる事など、
想像できないでしょう。

きっと課長のように、
人が好きで、
いつも人に囲まれている人間は、
多くの人の中に存在することに不安を感じ、
家に引きこもることで、
心の安定を図る人間がいることなど、
分らないでしょう。

発達障害グレーゾーンの人間だって、
本当は人が好きです。
人と楽しく関わっていきたいと、
願っています。

でも、それが出来ないのです。

今、社会で働いている、
発達障害グレーゾーンの大人達は、
外見上、他の定型発達の人達と、
何も変わらないが為に、
障害があるとは思われず、
脳の一部が発達していない為に、
出来ない事を学校で強要されて、
そして、やっぱり出来なくて、

「ダメな人間」

としてのレッテルを貼られて、
育ってしまっているからです。

自分達が発達障害だと、
知らずに生きてきた私達は、
自分でも、
人と同じ事が出来ない自分を責め続けて、
人の集団の中にいる事が、
すっかり怖くなってしまっているのです。

自分の中にある、
発達障害グレーゾーンであるがゆえの、
素晴らしい性質には、
目を向けられないままに。

今の大人達には、
発達障害という言葉がかなり浸透し、
発達障害と思われる子供に対しても、
その対処法を心得た人間が、
相手をしてくれる環境が、
整ってきているし、
法律も整備され、
相談する窓口も各県に設置されています。

でも、その救いの手は、
大人の、
しかも発達障害グレーゾーンの人間には、
届きません。

だから私達は相変わらず

「少し変わった人」

というレッテルを貼られたままです。

でも、そのレッテルを、
貼られたままでいいのではないか、
と私は思っています。

もっと救済が必要な、
重度の発達障害者がたくさんいるから、
自分の力で何とか生きていける、
発達障害グレーゾーンの、
しかも大人の人間まで、
社会は助けてはくれないのです。

ならば、社会的に不利になる、
発達障害グレーゾーンである事は、
隠していた方が得なようだと、
会社員をしていて思います。

ただ、私は自分が、
発達障害グレーゾーンだということは、
隠していても、
発達障害グレーゾーンである自分を、
決して否定してはいません。

むしろ今回のT君が、
どんな気持ちで2次会の場所に来たか、
分る自分が、
定型発達者の中にいる事が出来て、
良かったと思います。

人は、定型発達者も発達障害者も、
自分のモノサシで物事を見ています。

ならば私は、定型発達者の中に混じって、
少しでも、
発達障害グレーゾーンのモノサシを、
知ってもらえるように、
彼らに、
発達障害グレーゾーンの気持ちを、
伝えていきたいと思います。

それがひいては、
自分が生きやすくなる為の、
近道になると思うから。

社会の救済から外れてしまった、
発達障害グレーゾーンの大人は、
そうやって否定され続けていた、
自分達のモノサシを、
勇気を出して口にして、
相手に伝えていく事で、
自分達の快適な環境を、
勝ち取っていくしかないのだと思います。