回想録

世界から孤立していた私の話19〜職場での昇進

前回からの続きになります)

この「世界から孤立していた私の話」と題した、
ブログ記事に書いている、
一連の出来事が起こっていた時期、
交友関係が狭い私が所属していた、
コミュニティ=【世界】は、
次の3つとなっていました。

  •  実家(母)
  •  職場
  •  絵画教室

この3つ以外の世界と、
ASDと愛着障害を持っている、
交流下手な私が関わることは、
ほとんど無かったため、
(忙しくてブログからも離れていました)
2022年から2023年に起こった出来事により、
実家から距離を取ると決意することは、
私にとっては大きな決断でした。

それは他でもなく、

自分の居場所を1つ失うこと

と、同じだったからでした。

1つのコミュニティにしか所属していなかった場合、
そこでの人間関係にトラブルが起こると、
全ての人間関係を失ってしまう恐れがあり、
人は自分を受け入れてくれる場所が無いと、
心身の健康を崩してしまうことから、
最低でも3つのコミュニティに職場しておいた方がいい

そう書かれている本を読み、
自分の所属するコミュニティを増やそうと、
努力したものの、
ASDや愛着障害者特有の、
人間関係構築の下手さが災いしてか、
現状とは別の、
新規のコミュニティに参加することは叶わないまま、
ただ母の搾取子とならない為に、
実家(母)という世界から離れていった私は、
3つのコミュニティに所属するどころか、
職場と絵画教室という、
2つのコミュニティにしか、
属さなくなってしまったため、
心に少しの寂しさと、
本の通りに出来ない自分に不安な思いを抱えて、
日々を過ごしていました。

そんな私に、
1つの朗報が訪れたのは、
2024年の3月のことでした。

私が所属している、
2つのコミュニティのうちの1つである職場で、
それまでの働きぶりが評価された私は、

係長から課長補佐へ昇進

することになったのでした。

うちの会社の部署での序列は、

課長>課長補佐>係長>係

となっています。

これは、私にとって、
とても大きな出来事でした。

なぜなら、
以前のブログ記事には、
何回か書いたのですが、
私はASD(自閉スペクトラム症)の特性により、
要件が無いのに人と話をするという感覚がなく、
仕事と関係のない人と雑談をするといった、
コミュニケーション能力の無さと、
その融通がきかず、
真面目で頑固な性格により、
九州圏内の支社・営業所で働く、
多くの同僚や上司の皆さんから、

厄介者

として、広く認識されており。

そして多分、やはり、
ASDの、
人の表面の言動を、
そのまま受け取る特性から、
自分が、
自分と普通に会話をしてくれている、
周囲の人間達に、
そんな風(厄介者)に認識されていたことさえ、
人に教えて貰わなければ、
気づきもしませんでした。

だから、それまで私は、

仕事は出来るけど関わりたくない人

として、
普段の皆んなのコミュニケーションの輪には、
入れてもらえないけれど、
仕事で何か困ったことがある時には、
頼られるといった、

都合のいい存在

として、
職場で扱われていたのです。

そんな私が、
2年間一緒に働いた、
2024年の3月に転勤した課長から、

「(厄介者という)噂は当てにならないと思った」

と言われ、

「あなたなら出来ると思う」

と、課長補佐に昇進を推され、
尚且つ、支社長からも、

「いつも一生懸命働いてくれてありがとうございます」

との言葉とともに、
昇進の辞令書と、
会社からの感謝状を手渡された時には、

私の頑張りは報われたんだ!
これから私の人生は、
どんどん良くなっていくんだ!!

と感じ、
家に帰ってから、
支社長からもらった感謝状をじっと見つめて、
自分が会社で受けたあんなことや、
こんなことが、
この日の喜びのためにあったのだと、
思うことが出来たのでした。

だから。

自分が所属していた3つのコミュニティのうち、
1つは失ってしまったけれど。

その分。

私のことを認めてくれた、
この職場というコミュニティの中で、
私は精一杯頑張っていこうと。

この後、どんなことが自分に起こるかも知らずに。

ひたすら明るい未来を、
夢見てしまっていたのでした。

世界から孤立していた私の話20〜突然始まった新しい課長からのパワハラ行為に続きます。