(前回からの続きになります)
Sと課長が2人きりにならないようにすると、
パワハラ相談員に約束した私は、
定時を過ぎて、
Sが残業する時に課長も残っている時には、
私も残って仕事をするのは勿論のこと、
Sの体調不良と業務の滞りも心配だったため、
課長が残っていない時にも、
Sが残業している間は一緒に残って働く、
という生活を続けていました。
Sはまだ仕事に慣れていなかったため、
残業になることが多かったのですが、
幸いにも、
Sに合わせて残っている私の仕事が、
尽きることはありませんでした。
私はその時、
会社が5年に1度実施する重大プロジェクトを、
支社で1人で回していたし、
更にすぐにヒステリーを起こす、
再雇用されたOBの、
手が回らない分の仕事も行っていたからでした。
それでもSには、
なるべく早く帰宅して欲しかったため、
残業時間中に、
Sが何か困っているような素振りを見せている時は、
自分から声を掛け、
Sの業務が速やかに進むように協力しました。
だから、Sから、
「私の残業に付き合ってもらっていいのでしょうか?」
と言われた時も、
「私も仕事があるから大丈夫だよ〜」
と、
Sが気にしないように、
何でもないことのように答えていました。
ただ、本当に私も仕事があったし、
Sに付き合って残業していることを、
Sに気にして欲しい訳ではなかったのですが、
私がSに合わせて残っていることを知っていながら、
自分の仕事が終わると、
「お先に失礼します」
と、
Sが私の目の前を、
走り去るように帰って行く様子にだけは、
引っかかる気持ちがありました。
私はSの後姿を見送りながら、
自分とSが事務所に残っていた最後の2人だった時は、
ビルの守衛さんに連絡をし、
守衛さんにドアロックの確認をしてもらってから、
帰宅していました。
そんなに大した時間がかかるものではなく、
最後に残った者が行うことではあったため、
Sに先に帰られた私が、
最後の戸締まりを行うことは当たり前なのですが、
私がSに合わせて働いている以上、
Sに走って帰られる私が、
Sより先に帰るのは不可能であり、
結果的に私は、
Sの帰りに合わせて帰るのではなく、
Sが帰る姿を見送ってから帰る
ことが日課となっていました。
「こういうとこ、なんだけどなぁ…」
私はSの上司ということで、
Sが私のチームにきてから、
Sの自分本位な、
周囲に対する配慮が欠けている言動について、
複数の人から、
指摘や不満を言われることが度々ありました。
けれど、
Sは課長からの当たりが強いことや、
そのことが原因で自分の体調が悪いことを、
私以外の、
もう1人の課長補佐Bや、
同じ部署に勤める、
年長者の方にも相談していたため、
職場の中には、
彼女を守ろうとする雰囲気が醸成されており、
そのせいか、
Sは自分が職場で、
被害者の立場で"だけ"いると思っているようで、
自分の言動が、
人に不快感や迷惑を与えていることに、
気付いていない様子でした。
私は、この状況はSのために良くない、
と考えていました。
このままではSは、
社会性を身につけらず、
孤立した人間になってしまう。

今はまだ若いから、
Sが他人に対して多少失礼な言動をとっても、
「若いから仕方ないわね」
と見逃してくれている人もいるけれど。
この時点で、私に対して、
「Sとはあまり関わりたくない」
と言ってくる人も、すでに発生していました。
過去に職場で散々虐めに遭ってきた私は、
人から嫌われるということが、
自分に味方してくれる人がいないということが、
虐めのような理不尽な目に遭った時に、
どれほど致命的か知っていました。
現に、今の課長は、
私やSのような孤立しやすい人間を選んで、
パワハラ加害の対象にしていました。
だから。
課長からのパワハラに対抗するために、
Sには会社内で、
円滑なコミュニケーションを取れる人間に、
なってもらいたいけれど。
元々、集団でいるのは嫌いと公言し、
先輩から手を貸そうかと声を掛けられても、
「自分1人で大丈夫です」
と差し出された手を跳ね除けてしまうSの、
人間性はすぐに変えることは出来ないから。
せめて、仕事はちゃんとする人間だと、
周囲の人に認めてもらえるように、
Sにきちんと仕事を指導していこう。
ここは職場だから、
仕事が出来れば、
多少、人間性に難があったとしても、
Sのことを認めてくれる人は現れるはずだし、
自分のことを認めてくれる人と関わっていくことで、
社会性は身に付けられるはずたから。
そう考えた私は、
Sの様子を窺いながら、
Sが自分できちんとした仕事が出来るよう、
今までSが先輩や係長に言われていたけれど、
ちゃんと行っていなかった仕事を、
今度は私がやり方を説明するのではなく、
自分で考えるように伝えて、
仕事を任せることにしました。
Sはまだ入社2年目の新入社員で、
この時期の社員に1番必要なスキルは、
自分が仕事の何が分からないか知ることと、
分からない自分を認めて、
素直に人に教えを乞うことだと考えていたからでした。
だから、以前のように、
私が全てSに最初から説明するのではなくて、
Sが自分が分からないところを自分で把握して、
自分から人に、
「分からないので教えてください」
と言える人間になってもらおう。
でも、Sに自分で考えるように指導を行う時には、
Sはプライドが高く、
自分から人に教えを乞うのを嫌う傾向があることが、
分かっていたため、
聞いてきやすいように、
「分からなかったら聞いてね」
と最後に必ず付け加えていました。
そんな指導を開始した週の金曜日、
Sの体に異変が現れました。
私と事務所で話している最中、
Sの手が課長と相対していた時のよう震えだし、
目に涙が浮かんできたのです。
Sへの指導方法を変えた後、
Sに自分でやり方を考えるように言った業務は、
全部で4つありましたが、
その4つ全てについて業務の資料は渡してあり、
やり方が分からない時には、
私以外でもいいので、
誰かに聞くようにも伝えていました。
それでもSはギリギリまで人に聞くことをせず、
自分1人で何とか仕事をこなそうとし、
でも、結局、
自分1人では仕事をこなせなかった事で、
激しいストレスを溜め込んでしまい、
このような状況になってしまったようでした。
その様子を見て私はすぐに、
Sに対しての指導方法を切り替えました。
なぜなら、私はSに、
自分から仕事を教わる態度を、
身に付けて欲しかっただけであり、
Sを追い詰めたかった訳では無かったからでした。
私は咄嗟にSに向かって、
「ごめん」
と謝ると、
Sに私と別室で2人になるのは大丈夫か確認した上で、
使われていない会議室にSを連れて行き、
なぜ私が指導方法を変えたかについて話をしました。
ただ、Sの言動に不快な思いをしており、
Sと関わりたくないと思っている人間がいることは伏せ、
Sが係長や先輩の言うことを聞いて、
仕事をして欲しかった話をしました。
その後、Sの疑問や質問に応え続けていると、
Sの気持ちは落ち着いてきたのか、
Sの震えと涙は止まり、
私と普通に話が出来るようになり、
私の話に納得もしてくれました。
これで、
Sと私の間の蟠りは解消出来たと思ったものの、
それは私の考えであり、
今日のこの一件で、
Sが課長と同じように、
私のことも苦手になった可能性があることを考え、
私は今日起こった出来事を、
パワハラ相談員に報告しました。
課長からパワハラを受けていると言っているSに、
自分が課長と同じ反応をされたと、
パワハラ相談員に報告することは、
私からSへの、
パワハラ加害を疑われる可能性もあると考えましたが、
この一件でSが私のことも苦手になった場合、
パワハラ相談員に任された、
Sと課長の間に立つという任務に私が就き続けたら、
却ってSのストレスは増大してしまうことが懸念され、
それではSの症状は良くならないと考え、
ありのままに、
Sと私の間に起こった出来事を伝えました。
私の報告を受けたパワハラ相談員は、
「課長のことがあって心が弱っていたのでしょう。
来週も今まで通りの対応でやっていきましょう」
と言ってくれたため、
私はパワハラ相談員から、
自分がSに対して、
パワハラ加害を行ったという、
誤解を受けなかったことにホッとして、
そして引き続き、
Sと課長の間に立たつ任務を任されたため、
来週はまた、
Sと一緒にモヤッとしながら残業三昧かなぁ、
などと考えていました。
けれど、この日以降、
私がSの業務が終わることを、
残業して待つことはありませんでした。
なぜなら、Sは。
翌週から体調が悪化し、
出勤出来なくなってしまったからでした…
世界から孤立していた私の話23〜意を決して行った部下の父親へのメッセージ送信に続きます。