発達障害(ASD)グレーゾーン

ASDのXでのポストと、それに対する反応をみて思い出した過去の記憶

『ASDは定型発達者を見下している』というのは誤解です?

私はXというSNSは利用していないので、
普段、そこでどのような、
意見投稿(ポストと言うそうです)がされているのか、
知ることは無いのですが。

私がブログを通じて繋がっている方が、
XでASDの方が書かれたポストの内容について触れた、
その方のブログ記事を読んで。

「ASDは定型の行動を真心のない茶番と上から目線に見下している」

と言われていることを知りました。

ちなみに、なぜこのようなことを言われたかというと。

ASD当事者の"ぱわぽんさん"という方が、
このような内容をXに投稿したところ……

この投稿に対して、
"あさん"という方が、
このようなお気持ちを表明した、
というのが、
この流れになっています。

私が読んだブログ記事のコメントで書かれていて気付いたのですが、ぱわぽんさんのポストより、あさんのポストの方が “♡=いいね” が多くなっています。そのため、あさんの意見に賛同される方が、世間では多いのだと推察できます。

ASD当事者の私。

ぱわぽんさんの行動は理解出来たのですが、
正直、
あさんの「上から目線に見下してる」の言葉は、
私には理解出来ませんでした。

なぜなら。

愛着障害とASD気質を併せ持つ私が、
この現場に居合わせた場合、
次のような思考や、
行動パターンを辿ると考えられるからです。

  1. 転んだ人にみんなが駆け寄っていっていることに、みんなより遅れて気付く。
    【周囲の変化に疎いASD気質】
  2. 自分もみんなと同じように駆け寄った方が良い気がするが、転んだ子とそんなに仲良くない自分が、みんなと同じように駆け寄っても、嫌がられるかもしれないと思って近づけない。
    【自己肯定感が低い愛着障害思考及び人間関係構築が下手なASD気質所以の行動制限】
  3. 駆け寄れない代わりに、この集団の中の一員として、何か役に立たねばと考え、保健室に絆創膏を取りに行くことを思いつく。
    【愛着障害由来の"役に立たねば"思考】
  4. 集団に溶け込むために、みんなに役に立つところを早く見せようと、思いついたらすぐに保健室に走って行く。
    【愛着障害由来】
  5. 保健室から絆創膏を貰って帰ってくると、誰かが出した絆創膏がすでに貼られているのを眼にする。
    【教室に絆創膏を持っている人がいるかもしれないと思いつかないASD気質特有の思考の狭さに打ちのめされる】
  6. 「大変な時にどこに行ってたの?冷たい人ね!」の言葉に、自分の役に立たなさ加減に落ち込み、また、集団から浮いてしまった自分に悲しくなる。
    【役に立たない自分に価値は無いと思ってしまう愛着障害者思考及び、何とか集団に溶け込もうとして空回りするASD気質により陥る激しい自己嫌悪】

このような思考と行動パターンを辿るASDの私は。

あさんが書かれているような、

上から目線で定型を見下す

などという行為は、
今の私は、まず間違いなく出来なくて、
あさんのポストは、
ASDへの偏見のように感じていたのですが。

でもブログを通じて繋がっている方の、
この件の記事を読み終わった後に。

あれ?
そういえば小学校3年生位の頃の私、
あさんの書いてるポスト、
そのまんまの思考、

してたことがあったな

という出来事を、
思い出したのです。

あながち間違いでは無いかもしれない、ASD見下し界隈の存在

私が通っていた小学校は田舎にあったため、
全学年各30人程しか生徒がおらず、
1年生から6年生まで、
全て1学年1クラスで編成されていました。

そのような小学校だったため、
小学校3年生位まで一緒に過ごせば、
クラスのみんなは全て知り合い、
何だったら親同士だって顔見知りだったりします。

で、ここで、
誤解が無いよう、
声を大にして言いたいのですが。

3年間、
ずっと一緒に過ごしているからといって、
クラスの全員が仲が良い訳ではありません。

むしろ、
クラス替えなどがなくメンバーが固定している分、
仲の良し悪しは、
より鮮明になってきているといえるでしょう。

そして、そんな中で。

クラスの男の子が、
長期で学校を休まなければならない怪我をしました。

その話を、
担任の先生からホームルームで聞いた時、
クラスのリーダー的な子から、

「その子のお見舞いに行こう!」

と声が上がりました。
次々と上がる賛同の声に、
担任の先生は、

「希望者のみんなで一緒にお見舞いに行きましょう」

と言い、
先生が怪我をした男の子の親御さんと調整して、
ある土曜日の午後、
お見舞いに賛同する子は一端小学校に集合し、
そこから先生の引率の元、
その子の家にお見舞いに行くことになりました。

クラスのみんなは、
その男の子のお見舞いに行く気満々でしたが、
私はそんなみんなの様子を、
ただひたすら冷めた目で見つめていました。

いや、
そんなに仲の良くない子達に、
集団で家に見舞いに来られても、
迷惑なだけだろう

って。

見舞いに行くなら、
本当にその男の子と仲のいい、
その子の怪我を、
本当に心配している子達だけ、
代表で行った方がいいだろう

って。

思っていたからでした。

この時点でお分かりかと思いますが、怪我をした男の子と特に仲の良い人間では無かった私は、ちゃんと治る(後遺症が残るような怪我ではない)ことも相まって、その男の子の怪我に関して、「怪我をしたんだ、ふーん」程度の興味・関心しかありませんでした。
そして、その怪我をした男の子は、特にクラスの中心人物といった存在でも無く、どちらかといえば目立たない感じの子供だったため、お見舞いに名乗りをあげた子供達の中にも、(ASDの私視点ではありますが)普段はその子とあまり関わっていない子供達が結構おり、私は「興味本位ではなく本当に心配してるの?」と訝しく思っていました。

でも、この考えは、
かなりマイノリティだったらしく。

30名ほどのクラスの中で、
その男の子のお見舞いに行かなかったのは、

私とすーちゃんの2人だけ

でした。

ちなみに、すーちゃんは私に"普通"をご教授してくれた子です。

クラスのみんなが、
その男の子のお見舞いに行くため、
小学校のグランドに集合して、
先生の号令の元、
4列ほどの縦隊に並んでいる様を、
私とすーちゃんは、
グランドの端にある鉄棒から眺めていました。

この日はみんなのお見舞いに行く様子を見学しに小学校のグランドに行った訳ではなく、元々、逆上がりが出来ない私の特訓のために、この日はグランドで鉄棒をしようと約束していたため、私とすーちゃんは図らずも、お見舞いに行くみんなを見送ることになったのでした。

1学年1クラスの小さな小学校とはいえ、
30人ほどのクラスの子供達のうち、
お見舞いに行かない子供が2人だけとなれば、
お見舞いに来られる男の子1人を足しても、
お見舞いに行かない子は3人のみ。

そのため、
30人-3人=27人が、
その男の子の家にお見舞いに行くことになります。

引率する先生を入れたら、
合計28名の大所帯です。

その男の子の家が、
田舎の農家で大きな家とはいえ。

いや、
あの人数で見舞いに行くのは、

やっぱり迷惑だろ

と、
私とすーちゃんは、
隊列を組んでいるクラスメイト達を見て、
改めて思ったのですが。

この考えは、
担任の先生にも受け入れてもらえず。

お見舞いは希望者で、
と言いながら、
参加しなかった私とすーちゃんは、
担任の先生からでさえ、
冷たい人間との評価を受けたのでした。

でも、私とすーちゃんは。

先生の冷たい視線に晒されたり、
お見舞いに行ったクラスの女の子達から、

「(お見舞い)楽しかったから来れば良かったのに」

と言われても。

『お見舞いが楽しかったって何だ??』と疑問が一杯でした。

自分達の態度の方が、
より相手のことを考えていたのだという信念を、
曲げることは無かったのでした。

見下さない大人の私と、見下す小学生の私との違いは何だろう?

これは1つ、ハッキリ言えるのですが。

自分と意見を同じくする人が1人でもいる

って言うのが、
とても大きかったと思います。

さすがに子供の頃の、
ASD特性全開だった私でも、
担任の先生及びクラスメイト全員を相手取って、
1人で自分の意見を押し通すのは、
さすがに骨が折れたと思うので。

でも、
この時の同志だったすーちゃんは、
後にお母さんから、

「あの子(私)と遊んではいけません」

と言われたということで、
私から離れていってしまい、
私は小学校で孤立を深めていくことになり。

家でも学校でも孤独だった私は、
人に擦り寄ることを覚え、
自分が空腹なことさえ分からない
どんどん自分を見失った人間になっていくのです。

そして、50歳を超えた今、
そんな生き方に限界を迎え、
ASDの特性に素直に生きるという、
原点回帰を行っています。

でも、
ASDの特性に素直に生きるといっても、
きっと。

同じ場所に立っているように見えても、
小学生の頃の自分より、
視座は高くなっているはずだから。

このXのポストのように、
お互いの考えを伝えることで軋轢を生むのではなくて。

相手の領域に踏み込まないように、
棲み分けが出来ればいいな、
と思っています。