(前回からの続きになります)
本来はうつ病で、
1ヶ月は休職するよう勧められていた私でしたが、
どうしても休めないプレゼン会議のために、
5日間だけ休職したところ、
その5日間という僅かな休みの期間中、
私の業務が代行されることは無く、
私が次に出社した時に処理するだろうと、
机の上に仕事が積み上げられていただけの惨状と、
それまで仕事が回らない再雇用OBの業務まで、
面倒を見ていた私が不在した途端、
再雇用された当初から周囲の言うことを聞かなくて、
煙たがられていた再雇用OBは、
誰からも関わられることなく放置され、
惨憺たる有様になっていた再雇用OBの業務を、
見過ごすことも出来なかった私は、
プレゼン会議開催日以降、
月に1回、
精神科に通院する日以外休むことなく、
処方された睡眠薬を飲みながら働くという日々を、
送っていました。
課長は私が5日間といえども休職し、
精神科に定期通院しなければならなくなった事実を、
突きつけて以降、
さすがに私を怒鳴りつけるといった、
パワハラ行為は鳴りを潜め、
転勤してきた時に、
私とS以外に行っていた低姿勢な態度を、
私にも取るようになりましたが、
そこに無理に怒りを我慢して、
好好爺な態度を取っている様が透けて見えており、
そんな課長の様子に、
いつまたパワハラが再発するか分からない、
と感じていた私は、
8月の中旬から、
自分を守るための武器を、
身につけるようになっていました。
その武器とは、
腕時計型ボイスレコーダー。
スーツのジャケットを脱ぐことが多い暑い季節で、
課長から怒鳴られたり、
暴言を吐かれたりした時に、
スマホを上着のポケットに忍ばせて、
その事実を録音しておくことは困難だったためと、
私は担当している業務の関係上、
支社長の部屋に稟議書を持ち込み、
支社長の判断を仰ぐことも多かったことから、
今度また、
支社長が私の心を壊すような発言を行った時には、
私に対する名誉毀損というパワハラを、
行った証拠として、
九州支社のパワハラ相談員に提出しようと、
こっそり録音しやすい腕時計型のボイスレコーダーを、
購入することに決めたのでした。
隠れて録音した音声でも、パワハラの証拠となるとネットの記事に書かれていたため、購入しました。
自分が支社でパワハラを受けている証拠を、
私がこのように集め始めたのは、
7月末に産業カウンセラーの部屋から電話で行った、
九州支社のパワハラ相談員との会話で、
自分の身の潔白を証明するには、
証拠が必要だと感じたことと、
Sの復職についての話し合いで、
支社長が私を課長と一緒くたにして非難した時に、
誰も支社長の誤解を解いてくれなかったことから、
九州支社のパワハラ調査が始まっても、
私への非難は誤解だったという、
支社長が不利になるような証言を、
誰もしてくれないかもしれないと、
危惧したことが理由でした。
この、Sの復職の話し合いで、
私に向けて発せられた支社長の言葉は、
それまで課長のパワハラにも、
自分1人で頑張って耐えていた私の心を壊し、
私に精神科受診を決意させた、
トリガーになったものであり、
この出来事があった日の夜から、
支社長の、
自分を非難する言葉が延々と頭の中で反芻されて、
夜一睡も出来なくなる程、
私を追い詰めたものの、
それでもSが職場復帰すること自体は、
私は嬉しく思っており、
自分と同じく課長からパワハラを受けていて、
仲間だと思っていたSが職場復帰してきた時には、
Sは同じビルの1階上に事務所のある、
違う部署に復職することになったけれど、
私はSの復職する部署に、
業務の関係でよく足を運ぶから、
初めての部署でSは、
心細い思いをしているかもしれないし、
頻繁にSの様子を見に行ってあげようなどと、
考えていました。
そのため、9月末からの、
Sの復職に際し、
Sが復職する部署に勤務する社員全員に向けて、
人事担当者から支社長名義で、
次のような社内通達が発せられ、
周知が行われていたと知った時には、
私はここまで、
自分の尊厳を踏み躙られなければならないのかと、
涙と怒りが止まりませんでした。
課長と課長補佐は、Sが復職する部署のある階に立ち入ることを禁ずるものとし、Sが復職する部署の社員と、課長又は課長補佐が業務調整を行う必要がある場合には、Sが復職する部署の社員が課長又は課長補佐のところに出向くこととし、課長と課長補佐は決してSの視界に入ることのないようにすること。
しかも、この社内通達は、
Sが復職する部署では徹底周知されていたにも関わらず、
私が所属する部署では、
この社内通達を課長が握り込み、
関係している私にさえ何も伝えなかったため、
このような社内通達の存在など何も知らなかった私は、
いつものように、
業務調整でSの復職した部署を訪れるに際し、
私が要件のある担当者が、
在席しているか確認のために、
内線電話で今からそちらへ伺うと伝えたところ、
それまで、
自分から私のところに来たことなど無い担当者が、
頑なに私が自分の事務所を訪れることを拒み、
そのことを不審に思った私が、
「もしかして、Sのことで何か言われているのですか?」
と渋る相手にしつこく問いただして、
ようやく私に伝わった内容でした。

この社内通達により、
私が課長と一緒に、
Sへパワハラ加害を行ったという、
支社長の"誤解"は、
"公然の事実"として、
支社全体に広まることとなりました。
この社内通達の存在を知った私は、
すぐに人事部に出向き、
本当にSへパワハラ加害を行った課長と、
連名で私の役職名を記載して、
社内での行動規制を私に対して行うことは、
私がSへパワハラ加害を行ったと他の社員に誤解させる、
私に対する著しい名誉毀損行為であることを訴え、
この社内通達の撤回を求めた私に対して、
この社内通達を発出した人事担当者は、
「これは支社長も認めた内容ですから」
と、私の訴えを全て突っぱね、
それでも、
支社全体からパワハラ加害者の誤解を受ける状況は、
耐えられなかった私は、
さらに人事部の窓口で抗議を続けたのですが、
奥からやってきた人事部長が、
私に対して、
「これはあなたを、
パワハラ加害者と認定して行う処置ではなく、
あくまでSの心に配慮した対応だということを、
ご理解ください」
と言ってきたため、
Sのためと言われてしまったら、
それ以上、
私は何も言うことが出来ませんでした。
ただ、人事部全員が、
把握している筈の。
元々、日常的に課長からパワハラを受けていたのは私で、
支社のパワハラ相談員に課長のパワハラを相談したのは、
Sと"私"だという事実と、
私も現在、課長のパワハラと支社長の誤解により、
精神科に通院しながら働いているが、
本来は休職するように精神科医師から言われている事実は、
全て無かったことかのように無視をされ。
さらに、Sが、
課長だけでなく、
私もパワハラ加害者のように扱っている、
この復職計画を、
提示してきた人事担当者に対し、
何の意見も言わなかったということは。
課長からパワハラ加害を受けている仲間だと思って、
自分も辛い中、課長から庇っていたSにとって私は、
Sにパワハラ加害を行っていた課長と同じく、
視界に入れたくも無い人間
だと思われていたという事であり。
何かの見返りを期待して、
Sと課長の間に入っていた訳ではないけれど。
自分がうつ病を発症したことを盾にして、
自分への配慮を強制したい訳では無いけれど。
100人近い社員が働いている中で。
私はこんなに誰からも顧みられることのない人間なのか
と。
自分という存在に絶望したのですが。
それでも。
電話で話した後、
2ヶ月経った今もまだ、
九州支社のパワハラ相談員の調査は始まらないけれど。
これから調査が始まって、
私がSにパワハラ加害を行ったという、
支社長の誤解が解ければ。
支社長が自分の誤解を認めて、
「すみませんでした」
と私に謝罪して、
支社長が支社の皆んなに植え付けた誤解を、
支社長自らが解いてくれたら。
私は支社長のことを許すことが出来るし、
そうしたら、また、
私はこの会社で、
一生懸命に働いていくことが出来ると。
この時の私は考えていたのでした…
世界から孤立していた私の話29〜ようやく始まった九州支社のパワハラ調査に続きます。