うつ病生活

自分を変えるには「意思の力を使う」よりも「まず環境を変える」方が簡単なのは本当らしい

約1年ほど前にうつ病で休職した後、
1ヶ月ほどベッドから起き上がれなかった私は、
その後遺症なのか、
現在でも、あまり体力がありません。

そのため、
何か出掛ける予定が入っている日がある時は、
体力を温存するため、
前日は家でゆっくり休み、
睡眠薬を飲んで早めに就寝するなど、
入念に準備をおこないます。

だから。

今日、少し遠くの街で午前中から開催される、
デッサン会に参加する予定だった私は、
昨日も家で1日を安静に過ごし、
夜は睡眠薬を飲んで早めに就寝しました。

ちなみにデッサンって、こんなのです。
これはまだ制作途中なので、描く際の注意事項が周りに殴り書きされているのは、気にしないでください。

そして、今朝。

スマホで設定していたアラームの時間より、
早めに目が覚めてしまった私は、
寝室には時計が無いため、
スマホの画面で、
今が何時か確認しようとしたのですが。

時間を確認する前に、
画面に表示されたお知らせに、
驚いて固まってしまいました。

雪がぱらついています

えっ?今、雪が降ってるの??

普段、誰とも会話することなく、
家の中に1人で引きこもっており、
そのくせテレビを見ることも全く無かった私は、
テレビ番組の途中で偶然、
お天気情報を目にするといった機会を、
得ることもなかったため、
寒波がきていて、
今日、積雪の予報が出ていたことなど、
全く知らなかったのです。

驚いて窓の外を確認すると。

ぱらつく雪と、
その雪が薄く積もった庭が目に入りました。

この雪を見た時に、
私は今日行われるデッサン会への参加を迷いました。

田舎に住んでいる私は、
デッサン会が開かれる街へは、
山を1つ超えて行かなければならず、
そのため車で行く予定だったのですが、
雪の積もった山の中の道路を車で走行するのが、
怖く感じたからです。

でも、そこは、
自分の言葉に縛られるASD。

今日のデッサン会は、
事前申込の必要が無かったものの、
以前、主催の方に雑談で、
今日のデッサン会への参加を表明していた私は。

行くと言ったからには
行かなければならない

と、
決死の覚悟で出掛ける準備を始めたのですが。

途中でふと、
気付いてしまったのです。

あれ?
デッサン会って、
そこまで無理して参加するものだっけ?

って。

そして私の脳裏には、
以前、台風が近づいてきていた時に行われた、
デッサン会の参加者が、
私と主催の方の2人だけだった時、

「自由参加だから、来れる時に来てくれたらいいんです」

と自然な笑顔で話されていた主催の方の声が、
甦ってきていました。

この時も私は主催の方に事前に参加を表明していて、悩んだ末に参加しました。

私は主催の方のこの言葉を聞いた時、
とても驚きました。

なぜなら。

私が今まで居た場所はどこも、

人を責める場所

だったから。

原家族(自分が生まれ育った家族)では。

【父】

  • お前のせいで母さんは死にかけた
  • 母さんの体が悪いのはお前のせいだ

【兄】

  • お前さえ居なければうちの家族は上手くいくのに!!

【母】

  • どうしてお前は、他の子と同じように出来ないんだろうね?
  • お前のことを訪ね回ってる人がいるみたいだけど、あれはなんなの?どうするつもりなの?!(※)

と言われ。


私が高校生の頃、私が全く知らない男の人が、偶然知った私の名前と住んでいる町名から、私の所在を突き止めようとして、電話帳に載っている私と同じ名字の家に「じゅんという名前の女の子はいますか?」と、片っ端から電話を掛けたことがありました。(この頃は、大抵の家の電話番号と住所が電話帳に載っていました)
母は、同じ名字だったため、その電話が掛かってきた母の知り合いから、その事を聞いたらしく、私を詰問してきたのでした。
結局、母が私を心配することはなく、私はその後、自分に接触してきたその男の人に1人で対応しました。

結婚した相手からは。

【付き合っていた相手に別れを切り出した時期】

  • 別れたら殺すって言ったよな?(首を絞められる)
  • 子供がいたら逃げられないだろう(不同意性交)

【脅迫された後に結婚→離婚してから】

等との言動を受け。

社会人として会社で働いていた時は。

  • 課長からパワハラを受けながら、部下を課長のパワハラから庇って働いていたのに、支社長からパワハラの件で課長と一緒に糾弾される

といった行為があり。

物心つく前から今まで、
こんな風に責められたり、
責任を押し付けられる環境に居ることが多かったため。

自由にしていい場所

に身を置くことなど、
ほとんど無かったからです。

私は、改めて、
この主催の方の優しい言葉を思い出し、
身体から力が抜けるのを感じました。

そして。
身体から力が抜けるのを感じて初めて。

あぁ、私、
雪の中で車を運転するの、こんなに怖かったんだな。

ということに気づきました。

それから、ようやく。

よし、今日は、
デッサン会への参加を取り止めよう

と思うことが出来て。

今、その気持ちが新鮮なうちに、
ブログに書いています。

このブログで繋がってくれている皆さんに、
自分の気づきを聞いて欲しくて。

だって、私、
変わった自分を感じて、
嬉しかったのです。

きっと、仕事を辞める前の私は、
今日のデッサン会への参加を取り止めることなど、
出来なかったと思うから。

それは自分の言葉に縛られる、
ASDの特性、というだけのことではなく。

どんなに辛く苦しかったとしても、
私は自分に逃げる許可を、
与えることが出来なかったから。

だってさすがにASDでも、
自分の言葉に命を懸けたりしたいとは思わない。
(雪道から死まで至る不安の強い思考は、ASDならではかもしれない)

今まで、
逃げるという選択肢を持ち合わせていなかった私は。

職場の荷重なストレスにより、
最終的にうつ病を発症して、
強制的に身体が動かなくなって、
30年働いた職場を退職するに至り。

退職から半年位は、
無職という自分の立場を受け入れられない気持ちも、
人が当たり前に行っている働くという行為から、
ドロップアウトした自分に、
負い目もあったのだけれど。

ライフラインに関係する会社にいたため、
豪雨や台風といった、
退職前には必ず無理して出勤していた天候の日に、
家に居る、
という状況を何回か経験して。

何回か経験しているうちに、

「職場の人達はこの天候でも頑張って働いているのに」

という、
自分を責める気持ちが段々と無くなっていって。

天候が悪い時は家に居なきゃね

という思考が当たり前になって。

だから今日のデッサン会も、

参加せずに家に居ていいんだ

という許可を、
自分に出すことが出来たのでした。

私、自分の心の傷を癒すために、
散々、
色んなセラピーにお金と時間を費やしてきたけれど。

仕事を辞める前だったら、
きっと今日のデッサン会参加を止めるために、
アファメーションでも唱えて、
参加すると言っていたのに行かなかった、
自分の罪悪感と向き合っていたと思うけれど。

辞めてもいい、逃げてもいい環境に自分を置いたら、
そんなことしなくても、
罪悪感無しで参加を止めることが出来ました。

この悪天候で遠方の私がデッサン会に参加したら、私の熱量を気味悪がられて、かえって主催の方に引かれるまであるかもしれない。

なりたい自分があるのなら。

まず環境から変えていくというのは、
良い方法みたいです(実体験)