私の成育歴の記事一覧は、愛着障害に関する成育歴にあります。
前回の記事はこちら→マルトリートメントと私6.兄を背にかばった妹
※自分の記憶に基づいて書いているため、事実と違っている可能性があります。
父の母への愛情表現
私の父は母のことが大好きでした。
父はよく、幼い私と兄の目の前で、
母に後ろから抱きついては、
顔を無理矢理自分の方へ向けさせて、
「◯◯(母の名前)ちゃん、愛してるよ〜」
と、母に無理矢理キスをしていました。
母は、そんな姿を子供達に見られるのを嫌がって、
「子供達の前でやめてよ!!」
と言っていたのですが、
父はそんな嫌がって抵抗する母の、
言うことを聞こうとはしませんでした。
それは、子供の私の目にはとても、
「愛し合う2人の愛情表現」
には見えず、
「お母さんが、お父さんに暴力を受けている」
様として受け取っていたため、
ただなす術なく見ていた子供の私の心は、
父の愛しているという言葉と、
目の前で行われている行為の差に混乱し、
父が母に対してそのような行為に及ぶたびに、
自分がどう振る舞っていいか分からず、
自分が何も感じないように、
心を凍らせるようになっていきました。
けれど、父の母が大好きアピールは、
それだけでは満足出来なかったのか、
父は自分がどれだけ母を好きか、
私達子供(兄と私の2人兄妹)に伝えたかったようで、
「お前たちと母さんが溺れていたら、
俺は真っ先に母さんを助ける」
と何度も宣言していました。
1番に助けるのは母、2番目は兄、3番目が私。
私は小学校に上がってもいなくて泳げなかったので、
父のこの発言を聞いて、
「あぁ、私は死ぬな」
と思いました。
初めてこの発言を聞いた時には、
かなりショックだったのですが、
何回も繰り返し言われていたことと、
すでにこの頃には、
自分が父から好かれていない自覚はあったので、
だんだんと、
当然のこととして、
父の発言を受け止めるようになり、
私の心はどんどん凍りつき、
父の発言に対して、
揺れ動くことは無くなっていきました。
この頃にはもう、
父の発言にいちいち傷ついていたら、
生きてはいけなかったように思います。
心を凍らすことだけが、
この頃に私が身につけた、
自分に出来る、
生きていく唯一の術だったのでした。
マルトリートメントと私8.幼い私が父から言われた言葉に続きます。