今日は、
ゴールデンウィークの渋滞を避けるため、
朝7時過ぎには家を出て、
車で3時間以上をかけて、
実家に帰ってきました。
私の実家は田舎にあるので、
40分くらいはこんな道を通ります。

こんな風景を見ながら、
一人で車を運転していたら、
心をゆったりさせることが出来ました。
実は、毎回悩んでしまうのが、
実家に帰って何をしたらいいのか、
ということ。
雑談が苦手なASD気質は、
自分の親相手にも発揮されます。
以前は父親が健在だったため、
ずっと居間でテレビを見ている父の、
テレビのボリュームの大きさに耐えられず、
居間にいる時に、
私が耳栓をしていたことを知っていた母は、
ASD気質のせいか、大きな音の中にいると神経が休まらず、泣いて頭を掻きむしっていました。
私がしばらくすると居間を離れ、
別室にこもることを、
黙認してくれていたのですが、
父親が亡くなった現在は、
私が別室にこもってしまうと、
母親が寂しがるため、
なるべく居間に留まるようにしたところ、
今度は居間で携帯を触ったり、
本を読んだりしても、
母親が寂しがってしまうため、
私が母親を寂しがらせないためには、
テレビを一緒に見るか、
雑談くらいしか、
出来なくなったのですが、
雑談が苦手な私は、
すぐに話のネタが尽きてしまい、
実家で手持ち無沙汰に時間を過ごすことが、
多くなってしまったのです。
目的もなく無為に過ごす時間が、
私は苦手です。
特に、今は1本でも多く、
大学の課題レポートを作成したい、
と思っているため、
時間を無駄にしたくない、
と思ってしまいます。
こんな気持ちで母親に会ったら、
楽しくないなぁ、と思ったので、
今回は、
親孝行を楽しむ計画を立てました。
それは、
「お母さんを外に連れ出す」
というもの。
いつも、
家にいるかパチンコにいるかで、
外食することの無い出不精の母を、
外食に誘ったのです。
誰かが家に帰ってくると、
食事の用意をするのが大変だ、
と言っていた母は、
私のこの提案を、
「たまにはいいわねぇ」
と言って、受け入れてくれました。
この提案を母が受け入れてくれたことは、
私にとってもありがたいことでした。
なぜなら私は、実家に帰ったら、
自分で(母と一緒に、母の分まで)
食料の買い出しを行い、
調理及び片付けをするため、
家事が得意ではなく、
帰省する車の運転だけで、
クタクタの私は、
外食にしてくれた方がラクなのです。
ちなみに兄は、鹿児島の男性特権のためか、
(私の実家は鹿児島です)
帰省しても一切何もしないため、
私は帰省時期が兄とかぶると、
兄の分の食料の買い出し、
調理、片付けという手間が増え、
母は実家で宅飲みをしたい兄のために、
外食に応じることはありません。
兄が帰省する時はビールが1箱分、冷蔵庫で待機しています。
今回は兄が帰省しなかったため、
母は私の申し出を、
受け入れてくれたのでした。
なので今回は、
母と一緒に、
色々外を回る計画を立てました。
12時前に実家に帰り着いたら、
- お墓まいりに行って
- お昼ご飯に回転寿司を食べて
- 温泉に入って帰る
というもの。
これなら、やることがあるから、
雑談を頑張らなくてもいいし、
私も昼の回転寿司以外、
帰省したらやろう、
と思っていたことばかりだから、
時間を無駄にした、なんて感じません。
むしろ、お母さんに、
してあげたいことばかりなので、
この私の提案を母が喜んでくれるなら、
お互いにWin-Winの関係、なのです。
今日は予定通り、
11時半には実家に帰り着き、
全ての予定を済ませて家に帰り着いたのが、
午後の3時過ぎだったため、
母親も疲れたと言って、
お互い仮眠を取ることになり、
私はスムーズに、
別室にこもることが出来ました。
母も私が疲れただろうと言って、快く別室へ送り出してくれました。
1人になる時間が必須のASDの私には、
とてもありがたい配慮です。
このブログは、
1人別室にこもっている時間に、
書くことが出来ました。
明日、自分の家に帰るのですが、
渋滞を避けるために、
朝食を取らず、
朝早くに家を出ると伝えているので、
母と過ごすのはこの後の夕飯の時のみ、
となります。
夕飯は2人とも、
お寿司を食べすぎてしまったため、
家にあるものを適当に食べよう、
という話で落ち着きました。
だからこの後は、
兄の帰省のために用意されていた、
ビールの力を拝借しながら、
母とゆるゆると過ごそうかと思います。
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(ここからは夕飯を食べた後の出来事です)
先ほど母から、
ビールを飲み終わって眠ろうとする時に、
「帰ってきてくれてありがとうね」
という言葉を言ってもらいました。
その言葉が聞けただけで、
私は満足です。
今日は、幸せに眠れそう。
皆さん、おやすみなさい。