2月12日に父が他界しました。
突然のことで、初めて知らせを聞いた時には、
「えっ??」
と、自分でも驚くくらいの、
″すっとんきょう″な声を上げてしまいました。
突然のことだったため、
父の死に目に立ち会うことは出来ず、
それどころかその日は大雪で、
高速道路も通れなくて、
電車も超低速での運行で、
私の住んでいる大分から、
鹿児島の実家にたどり着けたのは、
知らせを受けてから、
6時間以上経ってからでした。
実家の仏壇の前で、
布団に寝かせられた、
小さくなった父の顔を見ていたら、
悲しいなんて感情を感じる前に、
ただただ涙が流れていました。
でも、そんな状態にお構いなく、
初めて立った喪主側は、
やることが本当に多くて、
通夜だ葬儀だと慌ただしく毎日が過ぎていき、
故人を偲んでいる心の余裕など、
ありませんでした。

葬儀が終わったら高齢の母に変わって、
様々な手続きに走り回ったため、
会社からもらった1週間の忌引きは、
あっとゆうまに終わり、
出勤したらしたで、
長期間の休みで仕事が溜まっていて、
毎日遅くまで残業する日々が続いていました。
ようやく昨日、仕事の方も落ち着いて、
ほっと息をついたときに、
「葬儀って生きてる人のために、
するものなのかもしれないなぁ」
って思いました。
私は、父のことを考えると、
自然と涙は出てくるのに、
もう会えないことを寂しくは思うのに、
父が亡くなったことを、
悲しいとは感じないのです。
これは通夜に葬儀に手続きにと、
忙しくしていて、
大勢の親戚の人達と久しぶりに会って、
父について色々な話も出来て、
「自分の好きなとおりに生きた人だったから満足だっただろう」
って皆んなでワイワイ楽しく話せたことが、
とても大きいように思うのです。
父が亡くなったタイミングも本当に見事で、
その日より前だったら、
私の仕事の関係上、
父の葬儀に参加するのがとても困難で、
その日のその時間よりもう少し後だったら、
12月に結婚式をあげた私の子は、
新婚旅行に海外に行ってしまっており、
連絡さえつかないところでした。
父があの日、あの時間に亡くなったから、
家族皆んなが集まることができました。
かなり我がままに生きた父の、
家族に集まって欲しい、
最後の気遣いだったのかな、
なんて思います。
初七日は過ぎたものの、四十九日は、
私の引っ越しと転勤の日に重なるという、
またゆっくり悲しみを感じる暇もない、
日程となっています。
子どもの頃から泣き虫で、
今、このブログを書きながら、
涙を流してしまう私が、
悲しむ暇が無いような日を、
選んでくれたのかな、なんて思っています。
四十九日、初盆などの、
色んな儀式や行事を経て、
折々で離れて暮らしている、
家族や親戚が集まって父のことを話すことで、
頭では理解出来ている父の死を、
ゆっくりと心に納得させていくことが、
葬儀や法要の意味なのかもしれません。
人生で初めて喪主側に立って、
そんなことを思いました。