臨床レベルの心の苦しみを救うには臨床レベルの知識/経験が必要
私は現在、働きながら、
通信制大学の心理学科で学んでいます。
今回のお正月休みの間にも、
通信制大学のレポートを2科目、
作成しました。
発達心理学(幼児・学童)のレポート1つと
臨床心理学概論のレポート2つ。
どちらもとても興味深い内容だったのですが、
特にこの臨床心理学概論のレポートは、
2日間、お風呂に入ることも忘れて、
没頭して作成しました。
働きながら学ぶことについて、
周囲の方に真面目な頑張り屋だと、
言われることも多いのですが、
でもそう言われる度に私は、
「頑張っているのとは違う」
と感じています。
私にとって、これらの、
心理学のテキストに書かれている内容は、
自分の人生に起こった出来事に、
重ねられることが多く、
私にとって心理学を学ぶことは、
自分の辛く苦しい人生の改善策を探ること
として捉えられているからです。
そして今回学んだ科目の中にも、
過去の辛い思いをして生きていた自分に、
教えてあげたかった内容が、
たくさんあったのですが、
その中でももし、
20代の頃の私と話すことが出来るなら、
絶対に伝えたい内容がありました。
それは…
自分に合うセラピスト/カウンセラーの見つけ方。
私の生い立ちは、
あまり幸せなものではありません。
若い頃に空手を習っていた私の父は、
夫婦喧嘩で母に手をあげて入院させて以来、
家族に直接手をあげることはしないと、
自慢気に話していたけれど、
何か気にくわないことがあると、
食卓をひっくり返し、
母の作った夕食を床にぶちまけて、
茶碗や皿を割って暴れる父の姿は、
直接自分達に暴力を振るわなくても、
小さな子供だった私の心に、
恐怖を植え付けるには十分でした。
そんな幼少時代を経て、
小学校時代は友達のお母さんから、
と言われて、
突然仲の良い友達が離れていって、
中学校時代は担任の先生から、
と友達のお母さんに吹聴されて、
友達は学校でその話を同級生にして回って、
私の心にはどんどん、
辛い思いが溜まっていきました。
こんな状況で、
健全に成長する方が無理というもの。
だから私は、社会人になって、
自分の自由になるお金と時間が出来たら、
自分を救うために、
色んなセラピーを受けて回ったのだけど、
物心つく前から、
スピリチュアルなものが好きだった私は、
スピリチュアル系のセラピーばかり、
受けていました。
手軽にスマホで情報を取得出来る今と違い、
セラピーに関する情報など殆ど無かったから、
自然に自分の好きな分野の情報だけが、
入ってきていたのだと思います。
でも、今までに私が受けてきた、
スピリチュアル系のセラピーで、
実社会で、
すぐに役立つ形で私を支援してくれる、
そんなセラピーに出会えることは、
ありませんでした。
これはあくまで私の個人的体験談であり、長い時間、その方と関わり続けることで私の心が癒された、スピリチュアルなセミナー講師には出会いました。
酷いスピリチュアルなセラピストになると、
「あなたの闇は深すぎて手に負えない。
気持ち悪くなる」
と、えづくように言われたりもしました。
その時はかなり傷ついたのですが、
今の私は
「彼女の言うことは確かにそうだろうな」
と思うことが出来ます。
なぜなら私に必要だったのは、
その場の気分が良くなればいいような、
軽い心の傷を癒すセラピストではなくて、
臨床レベルの心の救済が出来るセラピスト
だったからです。
けれど私の周辺には、
そんなレベルの、
セラピーが出来るセラピストは、
いませんでした。
(あくまで私個人の経験の話です)
そんな中、1年前にようやく私は、
私の状況を把握した上で、
実社会で役立つセラピーをしてくれる、
認定心理士の方に出会うことが出来て、
今では定期的に、
その方のカウンセリングに通っています。
認定心理士は臨床心理士と違い、
大学で心理学を学べば、
「公益社団法人日本心理学会」が、
心理学に関する、
標準的基礎知識と基礎技術を、
修得していることを認めて、
申請すれば発行してくれる資格ですが、
それでも、資格修得まで、
4年間という時間がかかります。
私は色々なセラピーも、
カウンセリングも受けてきましたが、
クライアントとして、
20年以上受けて回った経験から、
人の心を臨床レベルで、
救済が出来るようになる為には、
最低でも、
この認定心理士を修得するくらいの、
知識と技術が必要なんではないか、
と感じました。
もちろん、
スピリチュアル系のセラピーを、
行うセラピストの方で、
臨床心理学を修めている方も、
いらっしゃると思います。
けれど、その方達が対象としているのは、
きっと、
臨床的支援を必要としている人
ではなく、
心が軽くなることを目的としている人
ではないか、と感じるのです。
なぜなら、
臨床心理的支援が必要な人間を、
対象にした場合、
即効性の改善は見込めないため、
個人の状態を把握しながらの、
継続的な関わりが必要になってきますが、
私はそのような活動をしている
スピリチュアルなセラピストの方を、
知らないからです。
(何度も繰り返しますが、あくまで私の知識、経験上の話です)
私は自分を幸せにするために、
数多くのセラピストやカウンセラー、
自己啓発等の講師の方に会い、
色んな方法を試してきましたが、
自分には心の在り方の改善ではなく
臨床的支援が必要
なのだと気付かなかったために、
自分の人生を改善できるまで、
随分遠回りをしたように思います。
だから私は、自分の経験を踏まえて、
私のように臨床レベルの支援が必要な、
本当に自分の人生が行き詰っている方には、
ただ優しくて、
心の在り方を説くだけの、
スピリチュアルなセラピストではなく、
次のような、
カウンセラーやセラピストを、
お勧めしたいと思います。
- 臨床心理学を修めたカウンセラー
- 同じ苦しみを克服したセラピスト
もし私が、20代の頃の私に、
この思いを伝えることが出来たなら、
私の人生はもっと早く、
改善していたかもしれないと思うと、
過ぎ去った時間と費やしたお金が、
悔しくてなりません。
私の心を救ってくれたスピリチュアルセラピスト
だからと言って、
私が今まで受けた、
スピリチュアルなセラピストの方達の、
セラピーやセミナーが、
全て無駄だった訳ではなく、
それらのセラピーやセミナーが、
私の人生の改善につながったことも、
参加してよかったセミナーやセラピーも、
もちろんありました。
例えば以前、
職場のイジメが酷く本当に辛かった時、
スピリチュアルカウンセラー
(現在は魂カウンセラーと名乗られています)
の方のブログに、
心を救われていた時期がありました。
今はとても有名になって、
本もたくさん出版されている方なのですが、
私がその方を知った時には、
その方を大好きな方は、
沢山いらっしゃったものの、
まだそこまで有名ではなく、
「知る人ぞ知る」といった存在でした。
職場でイジメにあって、
夜も眠れない程の苦しさを抱えていた私が、
どんな経緯で、
その方のブログに辿り着いたのかは、
もう記憶には無いのですが、
ただただ書かれている内容が、
自分に向けて言ってくれているようで、
職場にもどこにも、
居場所が無いように感じていた私が、
その方のブログを読むたびに、
「あぁ、私は存在していていいのかもしれない」
と思えて、
私の心の拠り所になっていたブログでした。
そのブログの中で、
その方が東京で1日講座を行うと知った時、
私はもう嬉しくて、
夢中でその講座に申し込んで、
九州から東京までその方に会いに行きました。
そして、そんなに楽しみにして行った講座で、
私が覚えて帰ったことは2つだけ。
- 「自分を愛すること」
- 「自分を守ってくれている不思議な皆さんの存在を信じること」
自分を守ってくれている、
目に見えない、
不思議な皆さんの存在を信じることは、
小さな頃、
自分の周囲にいる見えない誰かと、
お話ししていた私にとって、
何の造作もなく出来たのですが、
とても難しかったのは、
自分を愛することの方でした。
私はその時まだ、自分を愛せない理由を、
いっぱい抱えていたので。
だから、その方が、
1日講座の最後の時に必ず1人1人に、
「◯◯ちゃん(自分の名前)愛してるよ、大好きだよ」
と自分で言わせて、
その後に講座に参加している皆んなで、
その人に対して一斉に、
「◯◯ちゃん、愛してるよ、大好きだよ」
と言う、ということをやっていたのですが、
私は最初に講座に参加した時には、
自分に対して
「愛してるよ、大好きだよ」
と言うことにとても抵抗があり、
かなり小さな声で言うことがやっと、
の状態でした。
でも、その方のことが大好きだった私は、
講座から帰った後も、
その方の教えてくれたことを実践し、
自分に対して、
「大好きだよ」
(「愛してるよ」はハードルが高すぎて言えませんでした)
と繰り返して言っているうちに、
最初は単なる単語でしかなかったその言葉が、
だんだんと本当に、
言葉通りの意味を持って言えるようになり、
その方の1日講座に、
2回、3回、4回と参加し続けるうちに、
私は自分に対して、
「愛してるよ、大好きだよ」
と心から言えるようになっていました。
だから、私が自分のことを、
もう1度好きになれたのは、
スピリチュアルなことを仕事にしている、
その方のおかげです。
でも、こんな言い方をしたら、
失礼になるのかもしれないのですが、
私はきっと、
その方にスピリチュアルな能力など無くても、
きっとその方に、
救われていたと思うのです。
私を救ってくれたのは、
私の存在を認めてくれた、その方の存在
そのものだったから。
だから、本当に人を救うのに大切なのは、
その人の"手法"よりも、
その人の"存在"なのだと私は思います。
実は、先日参加した、
通信制大学の心理学のスクーリングでも、
先生が言われていたのですが、
使われる心理療法によっての効果の差は、
実はあまりない
ようなのです。
大切なのは、
カウンセラーとクライアントの間の信頼、
人と人との繋がり。
私が臨床レベルの心の苦しみを持っている人に、
- 臨床心理学を修めたカウンセラー
- 同じ苦しみを克服したセラピスト
を勧めたのは。
勇気を出して心の裡を相談した私の目の前で、
私の闇が深くて手に負えないと、
私の目の前でえずいて見せた、
あのセラピストのような、
傷ついている私の心を更に傷つける態度を、
臨床心理学を修めたカウンセラーなら、
取ることはないだろうし。
臨床心理学といった、
心のケアを学んだ人の方が、
傷つき苦しんでいる人間の心に、
寄り添う技術と知識を持っているから、
苦しんでいるクライアント側も、
受け入れやすいし。
そのような知識のあるカウンセラーであれば、
自分の行う療法の効果が出ない理由を、
クライアントのせいにして、
クライアントの心理状態を、
さらに悪化させるという、
2次被害が起こる可能性も低いから。
そしてあなた同じ苦しみを、
克服したセラピストなら、
あなたの辛さに、
誰よりも共感することが出来て、
あなたに必要な知識やアドバイスを、
することが出来ると思うから。
ただし、同じ苦しみを克服したセラピストに関しては、自分の成功体験を押し付けるだけの人は該当しません。ちゃんと苦しんでいるあなたに寄り添えることが大前提となります。
色々書いたけれど、ようは。
あなたが安心して心を開くことが出来るのなら、
本当は相手の肩書きなど、何でもいいのです。
大切なのは、あなたという存在に、
誠実に向き合ってくれること。
それが何より、
自分に合う、
セラピストやカウンセラーを見つける上で、
大切なものなのだと思います。