昨日、私からの電話を無視する人のことを、
ブログに書いた時。
私は悲しい気持ちにはなったけれど、
怒りなどの感情は湧きませんでした。
それは優しさ、とかいう訳ではなくて。
彼が私のことを嫌うのは彼の自由で。
そんな風に彼が嫌っている私が、
怒りから彼に対して苦情を言ったとしても、
彼の心は硬化するばかりで、
彼の行動は変わらないと思うから。
私は彼と諍いたいわけでも、
特別仲良くしたいわけでもなくて、
職場で仕事をするのに支障が起きなければ、
それで良かったから、
ただひたすら、
自分にこう問いかけていました。
「私は彼に対して、どんな風にありたいだろう?」
そんな風に自分に問いかけた時に、
浮かんできたのは、
以前の職場での出来事でした。
以前の職場で一緒に働いていた部下のお局様。
彼女から嫌われていた私は、
一緒に働いていた2年の間に、
無視をされたり、仲間外れにされたり、
彼女がカップを洗う当番の時に、
私のカップだけ洗わないといった、
苛めを受けていました。
でも、そんな彼女が、
家庭の事情で大変な状況になった時。
私は彼女のために親身になって、
色々なことを手助けしていました。
それはやっぱり、優しさとかではなくて。
単に目の前に本当に困っている人がいて、
自分に出来ることがあったら、
見ない振りをする事が出来ないから、
やってあげていただけの事でした。
自分に対して、
酷いことをしてきた人であったとしても、
困っている人を放っておくなんて、
居心地が悪くて私には出来ないから。
それだけの、ことだったのだけど。
そうしたら、
私が転勤で彼女の前からいなくなる時に。
彼女が同僚と一緒に私の机の前に立って、
「大変お世話になりました」
と頭を下げてお礼を言ってくれたのです。
プライドが高くて、
人に頭を下げるのが嫌いな彼女が、
こんなプレゼントまで用意してくれて。
私はあまり、
要領よく生きられる方では無かったけれど、
この時に、自分の生き方全てを、
肯定することが出来たのです。
「あぁ、私はこれでいいんだ」
って。
私の電話を無視する彼が、私のどこが嫌いで、
私の何が気にくわないのかは、
分からないけれど。
私はこのままの私でいい。
その思いだけは、
私の心の中に力強く存在していました。
それは、自分は変わらない、
と心に決めることではなくて。
自分の未来に起こるであろう、
自分の変化まで含めた、
このままの私でいい、ということ。
私の電話を無視する彼に、
私に対して、
心の防御壁を張り巡らせる彼に対して、
私はただ自分が心地よいと思う自分を、
選択して接していこう。
そう決めて、出勤した今日。
仕事の期限が間に合いそうにないことを、
伝えた相手に、
笑顔で快く、
期限の延長を受け入れてもらえたり、
私が迷惑をかけた仕事相手に謝りに行ったら、
普段は真面目な態度しか取らない、
その仕事相手が、
恐縮する私のマネをして、
私を笑わせて緊張をほぐしてくれて、
おまけにプレゼントまでくれたりして。
「あぁ、やっぱり人って優しいなぁ」
って思わず私が呟いてしまう出来事が、
立て続けに起こったのでした。
きっとこれは、自分を無視した彼に対して、
嫌な態度をとっていたら、
起こらなかった出来事。

だって嫌な心持ちでいるような人間に、
人は親切にしたいなんて思わないから。
私がいつも心掛けているのは、
心地よい自分であること。
そんないつもと変わらない私を選択して、
やっぱり良かった、と思いました。