本当なら今日の予定は。
午前中にピラティスに行って、
午後から美術館に行って、
夜は職場の宴会に、
参加するつもりだったのだけど。
水曜日から出た微熱がまだ下がらずに、
ピラティスと職場の宴会はキャンセルし、
1日家に閉じこもっていました。
喉の痛みと発熱からくる体のダルさで、
何をやる気も起きずに、
ベッドの上でダラダラしていると、
とても自分がダメな人間に感じてきます。
この感覚は覚えがあるなぁと思って、
自分の記憶を辿っていくと、
小学校1年生頃の記憶が蘇ってきました。
友達がいなかった私は、
夏休みの間中、
クラスの誰からも、
遊びに誘われることもなく、
もちろん家族の誰かと出かけることもなく、
ずっと、ずぅ〜っと家で、
1人で過ごしていたのでした。
でもASD(自閉スペクトラム症)
だった私は、
空気を読めないその性質のためか、
自分に友達がいないことに気付いておらず、
夏休みの間、
クラスの誰からも連絡が来ないのが、
普通だと思っており、
実は夏休みの間、
クラスの皆んながめいめいに、
自分の好きな友達と連絡を取り合って、
一緒に遊んでいたことなど知らなくて、
夏休み明けに出校した時に、
クラスの皆んなが、
友達との夏休みの思い出を、
話しているのを聞いて、
私は自分が1人、
誰からも遊びに誘われなかったことを、
知ったのでした。
これが私が、集団の中での孤独を知った、
一番初めての出来事だったかもしれません。
私は誰もいない場所で1人で過ごすのは、
全然平気なのですが、
集団の中で、
1人馴染めない自分を感じた時には、
とてもいたたまれない気持ちになりました。
自分がその場に必要とされていない事実を、
客観的に、
理解出来てしまうからかもしれません。
体調を崩して1人家にこもっていると、
天気の悪さも相まって、
そんな昔の、悲しい記憶が蘇ってきます。
自分を必要な人間だと、
思うことが出来ずに過ごしていたあの日。
生きることだけで、精いっぱいでした。
だから、そんな昔の自分と比べたら、
今はとても幸せなのだと、
私は自分がダメだと感じている自分に、
何度も言い聞かせます。
安心して眠れる場所があって、
自分の過ごしやすい温度に保たれた、
部屋にいられて、
食べたいご飯をお腹いっぱい食べられる、
そんな環境を手に入れられた自分は、
幸せだと言い聞かせます。
ただ、これは私が努力して手に入れた、
1人で快適に過ごせる環境だから、
ASDの私を満足させることは出来ても、
マルトリートメントを受けながら育って、
愛着障害を抱えている私は、
満足させることが出来ません。
以前の私はそんな時、
自分のインナーチャイルドを、
ぬいぐるみに投影して抱きしめてみたり、
気を紛らわすために、
お酒を飲んでみたりしていたのですが。
今は、自分のブログを、
見ることにしています。
休みの日に何をする気力も起きなくて、
ただダラダラしている私を、
私の子供の頃から足掻いて生きてきた様を、
読んでくれて、
共感してくれたり、
あまつさえ尊敬する、
なんて言葉を言ってくれる人がいる場所。
その言葉を、自分のことを、
ダメだと思っている自分に見せることで、
「ほらね、私のことを思ってくれる人が、
いてくれるでしょう?」
って、安心させてあげるのです。
心の中の捻くれた私は、
そんなブログでの交流の言葉を、
疑ってしまったりするのだけれど。
心の中の捻くれた私も本当は、
そんな相手の言葉を、
信じたいと思ってること、
私は知っています。
人を信じるのが怖いだけ、
信じてまた傷つけられるのが怖いだけ。
だから私は、
捻くれた心の中の自分の背中を、
そっと押してあげるんだ。
「信じて大丈夫だよ、
もし傷ついても大丈夫だよ」
それだけの強さを、
私はもう持っているよ。
この言葉で少しだけ、
愛着障害を抱えている私も、
落ち着いてきてくれるのです。
人に存在を認めてもらうことは、
自分1人では出来ないから。
私はとても、
このブログに助けられています。
私のブログを読んでくれて、
繋がってくれている皆さん、
どうもありがとうございます。
台風の影響で、雨や風が酷いけれど、
皆さんが安心して過ごせますように。