先日、ブロ友さん2人とランチ会をしました。
私にとっては、
どちらも1度お会いしたことのあるブロ友さん。
どちらも初対面で会った時も、
とっても話しやすくて、
あっという間に時間がたってしまったので、
この日も帰りの高速バスは、
かなり遅めの時間を予約して、
ランチ会に臨みました。
気になっていた近況などを皆んなで話して、
共通の話題で盛り上がっていたのですが、
その中で言われた言葉が、
私の中で引っかかっていました。
私は自分がアスペルガー予備軍だと思っていて、
今度アスペルガーの診断を受けに行く、
という話をしたら、
「じゅんさんは、
その診断を受けてどうしたいの?」
と質問されました。
私は自分が常々考えていた、
「自分がアスペルガーだったら、
アスペルガーとして、
世間と上手く関わる方法を学びたい」
という意見を披露したのだけど、
言いながら私の中で、
少し首を傾げる感じがしていました。
あれ?本当にそうだっけ??
という気持ち。
私が自分をアスペルガーではないか、
と疑いだしたのは、
どんなに心の勉強をしたり、
色んなものに感謝するようになって、
少しずつ生きやすくなってきても、
必ず職場で、
一番幅を利かせている女王さまとぶつかる、
という状況を繰り返していたからでした。
もう何十年も時間をかけて、
自分の思う、
"豊かで幸せな自分"になろうとしても、
なかなか叶わない思い。
スピリチュアルから心理学、
体からのアプローチに至るまで、
幅広くやってみたけれど、
それでも願いが叶わないのは、
方法が間違っているからではないか、
と思うようになっていました。
そんな時に知った、
隠れアスペルガーという言葉。
二十歳の時に自分は自閉症ではないかと疑い、
貧しいなかお金を工面して、
ドナ・ウィリアムズさんの
「自閉症だった私へ」
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という本を購入して読んだ私は、
ドナさんほどの症状はでていないから、
思い違いかもしれないとその時は考えたけど、
グレーゾーンに位置するアスペルガー、
という視点からみたら、
診断テストの結果も高いし、
私は間違いなく入っているのではないか、
と思いました。
でも、先日から通いだした、
心理セラピーの講座で、
自分がアスペルガーだと疑う思考や言動と、
子どもの頃に傷ついて、
その傷が癒えないまま、
大人になった人の思考や言動が、
とてもよく似ていることに気づきました。
共通しているのは、
人と上手く関われないこと。
私はずっと、好
きな人たちと繋がって暮らすことが、
豊かで幸せな人生だというイメージを、
持っていました。
そんな私が抱えていたのは、
人が好きなのに人が怖い、
というジレンマでした。
そして私は、
まだ2日間しか通っていない、
サイコセラピーの講座だけれど、
この講座に真摯に取り組めば、
自分の思う"豊かで幸せな自分"に、
病気の診断を下されなくても、
辿り着けるのではないか、
と思うようになっていました。
私は心のどこかで、
自分が病気だと診断されれば、
人と上手く関われない今の私でも、
許してもらえて、
受け入れてくれるだろう
という、
自分は変わらないまま、
相手の優しさにつけ込んで、
自分の居心地の良い関係を、
手に入れようという、
そんな甘い考えを、
もっていたのだということに気づきました。
本当に、私はズルいなぁ。
意識では確かに、
ブロ友さんに話した意見の通りに、
思っていたのに、
ブロ友さんに話している自分が、
相手を説得しているように、
まるで相手に認めてもらおう、
としているように感じて、
そんな自分の心の奥を見ていったら、
「自分は変わりたくないから、
病気だという診断を受けて、
そのままの自分で認めてもらいたい」
という、
とってもワガママな本心が隠れていました。
これは、
1人で考えていたら気付かなかった、
無意識に巧妙に隠されていた本心。
ブロ友さんが、
突っ込んで質問してくれたから、
気付けたこと。
自分の本心に気付けるくらい、
色んなお話をさせてくれた、
ブロ友さん達に感謝です。
ここでの会話から、
今週末に行く予定だった、
発達障害の相談は、
自分の才能を活かした生き方の相談に、
変更することにしました。