昨日の夜、会った友達に。
突然、勝手に、
会うお店を変更された理由を知った時、
わたしはズルいなぁって感じだんだけど、
それは言葉の裏に隠された、
相手の望みを感じとったからでした。
友達は、わたしに対して、
自分の本当の望みを口にするのは、
さすがに良心が咎めたらしく、
そこのところを上手く隠して、
わたしに伝えてきたのです。
だって、友達のその望みは、
わたしに一方的な、
献身を強いるものだったから。
それでも、わたしは友達のその望みを、
何回か叶えてあげていました。
その友達は、わたしが本当に辛い時に、
わたしを支えてくれた人だったから。

だから最初は、
わたしへの負担が大きい望みでも、
その友達が喜んでくれるならって、
頑張っていたんだけど。
何回か、その望みを叶えてあげているうちに、
「これはお互いのためにならないな」
って、感じていたのです。
その望みを叶えてあげていたら、
友達がどんどん、
自分のココロと向き合わなくなったから。
辛いことがあったら、
わたしに頼ればいい、じゃダメなのです。
それじゃ、友達自身が、
生きていくチカラにはならないから。
だから昨日。
友達が遠回しに、
わたしに自分の望みを、
また叶えて欲しいと言い出した時に、
わたしは柔らかく、
断りの言葉を口にしました。
友達は、
わたしの口調が柔らかかったから、
最初は粘ったら、
ごり押し出来ると思っていたみたいだけど、
話し続けるうちに、
わたしの意思が固いことに、
気付いてくれたようでした。
「そのために、このお店に変更したのに…」
別れ際にそう呟いた友達の言葉を、
(うん、わかっていたよ)
と思いながら、
わたしは笑顔で聞き流して友達と別れました。

わたしは、ちょっとズルい、
そんな友達のことを、
キライではありません。
良心と、
願いを叶えて欲しいエゴの狭間で、
揺れるそのココロを、
むしろ人間らしくて、
愛おしいとさえ思います。
だから、そんな友達の、
そのままの姿を、
認めて、受け入れています。
でも望みを叶えてはあげません。
そんなわたしのことを、
友達はイヤだと感じるかもしれないし、
そのまま何事も無かったかのように、
接してくるかもしれません。
今回のことで、
友達のココロがどんな風に変化するのか。
それは、わたしには分からないこと。
ただ、わたしはやっぱり、
そのままのわたしで。
友達のことを見守っていきたいと思います。