今日は4月27日に、
臨床心理士から説明を受けた、
WAIS-IIIの結果に基づいての医師の診察を、
受ける日でした。
私が診察を申し込んだ精神科では、
毎回必ず受付時に問診票が渡されて、
その日の気分や体調などの、
質問を受けるのですが、
その質問の中に、
今日聞きたいことを1つだけ書いてください
という項目があるため、
私はそこに、
「自分が自閉症スペクトラム障害か知りたい」
と記入しました。
予約時間の5分前には受付を済ませ、
問診票も渡したのですが、
私の名前が呼ばれたのは、
予約時間から30分ほど経過した後でした。
診察室に入ると、私は医師から、
初診時に受けたバウムテストと、
自閉症スペクトラム指数を図るAQテスト、
2回目の受診で受けた、
大人のADHDを判断するためのASRSテスト、
そして3回目の受診で受けた、
WAIS-IIIの検査結果をまとめた、
「発達障害の総合的所見」
と書かれた紙を手渡されました。

「ASD(自閉症スペクトラム障害)の可能性が高いといえます。」
の表記には、
「そうだろうな」
と思った私でしたが、
「AD/HDの可能性があります」
という表記には、ちょっとビックリ。
「不注意の傾向が高いといえます」
という表記には、
集中すると、
周囲の状況に気が回らなくなるため、
そんな評価を受けることもあるだろうな、と思いました。
中学生の時、テストの最中に同級生が倒れ、クラス中が騒然となったらしいのですが、私だけテストに集中していて気付きませんでした。
医師からは、この検査結果を見て、
「知能が高いため、ASDの中の、
アスペルガー症候群と言われていたものに、
該当すると思います」
と言われました。
やはり検査結果には、
コミュニケーションに困難を抱えている様子が、
現れていて、
「どのような対策がとれるのでしょうか?」
と医師に聞いたところ、
「アスペルガー症候群のコミュニケーション能力が向上することはありません。
話す時に一呼吸おくなどの行動を取ると良いですが、知能が高いため、自分で出来ると思います」
と言われました。
その他の、
医師がやった方が良いという提案については、
職場の周囲の人にカミングアウトして、
協力を仰ぐといった、
管理職である自分には取れない行動以外、
全て実行済みのものばかりでした。
医師から伝えられる言葉が、
「今後はこのように生きていってね」
といった内容ばかりだったため、
「私は通院する必要はないのでしょうか?」
と医師に尋ねると、
「現在困っていることが無ければ不要です。
二次障害が発症したり、
困ったことがあった時に、
予約を入れてください」
と言われ、診察室を出る時には、
「もう来ないことが一番良いですけれどね」
とエールのような言葉をかけられました。
私は診察室を出ながら、
「これがASDは診断がつくだけで治療はないということか!」
と、かなり強い衝撃を受けていました。
ASDは持って生まれた器質だから、
治療する方法は無いと知ってはいたものの、
いざ
「ASDだと思われます」
と言われたまま、
診察室の外に送り出されると、
少し、心許ない気持ちになりました。
診察料を支払う時に、事務員の方の隣に、
私にWAIS-IIIの検査をしてくれて、
コミュニケーションに関する支援を望むなら、
支援したいと言ってくれた、
臨床心理士の方が立っていたのですが、
事務員の方から、
「先生は次の診察は何と言っておられましたか?」
と聞かれ、
「通院する必要はないので、
困った時に予約してくださいと言われました」
と伝えると、
臨床心理士の方は、
私の方をジッと見つめていたものの、
特に何か意見を言うことはなく、
私も医師から特に困っていないなら、
通院の必要は無いと言われ、
現在、心身を病むほどの状態にはいないため、
臨床心理士の方が、
私に行おうと思っていた支援内容を、
聞くに聞けず、
お互い無言で物言いたげに見つめあったまま、
私は精神科を後にしました。
これが、治療法のない、
ASD(自閉症スペクトラム障害)の現状なんだな。
と、改めて実感しました。
そして、このように決意したのです。
誰にも頼れないのなら、私は自分で自分の状態を改善しよう!
自分で問題に対応する能力があるから、
通院は不要だと、
医師の方が認めてくれるくらいの、
知能があるのなら、
私はその知能を、
自分の状態を改善するために活用しよう、
って。
だって私には、
絶対叶えたい野望があるのです。
それは…
生まれてきて良かったと思って人生の最期を迎える。
というもの。
父親から、
「女の子なら要らない」
と言われて。
兄から、
「お前がいなければうちの家族は上手くいく」
と言われて。
母親から、
「お前のことは理解出来ないから放っておく」
と言われた私が。
自分を生かしておくために見つけた、
自分の人生に抗う大きな野望。
それは、発達障害や、
愛着障害を抱えながら生きていては、
とうてい成し得ないものでした。
平成最後の日。
私は自分の人生に生きる意味を見つけました。
発達障害と愛着障害を改善して、幸せに生きられることを実践する!
そんな大きな目標を、掲げたのでした。