昨年の2月に父が亡くなって。
父と2人暮らしだった母は、
一人暮らしになりました。
そのため私は父が亡くなってから、
一人暮らしの母を気遣って、
何か機会を見つけては、
母に電話をするようにしていました。
昨日は、
先日行った孫のお宮参りの話を、
母にしました。
私は自分の娘の時は、
本当に普段着のまま、
ただ娘を連れて、
神社にお参りしただけだったので、
娘の旦那様の方のご実家が、
孫のために着物を用意されていて、
孫を抱っこした娘の旦那様のお母様から、
「自分と孫に着物を着せて下さい」
と言われたのだけど、
やったことが無くて、
着せ方が分からなくて、
変な格好になってしまったと言う話を、
私は笑い話として、
母にしたつもりだったのですが…

お宮参りに赤ちゃんに着せる着物に紐がついていて、抱っこしている人の肩から斜めに掛けて結ぶ仕様になっているなんて、全く知りませんでした。
母のリアクションは、
私の思っていたものと違っていました。
「そんなことまでしなきゃいけないの?
ただお参りするだけでいいじゃないの!」
まるで非難するような口ぶりに、
私はちょっと戸惑ってしまいました。
ただ母に、笑ってもらおうと思って、
話した話だったからです。
なんで母が、
そんなに攻撃的な物言いになったのか、
私にはよく分からなかったため、
母によくよく話を聞いてみると…
娘の旦那様の家が、
そのような決まりごとを、
ちゃんと行っていた家で、
私が、
「やったことが無いから知らない」
と言ったことが、
母の心の傷に触れたようでした。
それから母は、
自分が孫(私の娘)に対して、
お祝いごとを何もしなかったのは、
お金が無かったからだということと、
母が子供(兄と私)を育てている時には、
祖父母である自分や父方の両親から、
何の援助もしてもらえなかったことを話し、
「お前も無理に孫のお祝いごとなんて、
しなくてもいいんだよ!」
と言ってきました。
その言葉に、私は
「ううん、無理になんてしてないよ、
私がしてあげたいからしているんだよ」
と答えてその話を切り上げたのですが、
電話を切った後、
とても悲しい気持ちに襲われました。
以前、女の子の孫の初正月には、
母方の実家から、
羽子板を送る風習があると知って、
全くそんな風習を知らなかった私が、
職場の人に教えてもらえて良かった、
何とか初正月までに、
孫に羽子板を送ることが出来たと、
やはり昨日と同じように笑い話として、
母に電話で話した時に、
「お母さんはその風習を知ってたけど、
お金がかかるから黙っていたのよ」
と言われたことを、思い出したからでした。
私は自分の孫が生まれてから、
自分の知らない、色々なお祝いごとが、
子供にあることを知りました。
周囲の人に教えてもらったり、
娘の旦那様のお母様から、
教えてもらったりして、
私はそれらのことを知りました。
私は19歳で子供を産んで、
20歳で離婚して、
周囲にママ友などもいなくて、
一人で育てていたため、
自分の両親が教えてくれなければ、
子供のお祝いごとを知る機会など、
無かったのです。
物を買ってくれたり、
お金を出したりしなくてもいいから。
そんなお祝いごとがあることを、
両親には教えて欲しかった、と思いました。
私は娘の初正月の時も、
お食い初めの時も、
テレビも電話も無いような、
貧乏な生活をしていて、
決してほかの子供と同じようなお祝いは、
してあげられなかったけれど、
それでも、
ささやかな何かはしてあげたかった、
と思ったからです。
もう二度と帰ってはこない時間なのだから。
自分達に、
孫のお祝いごとをしてあげる、
お金が無いからと、
私にそのお祝いごとの存在を、
教えないことで、
その時の母のプライドは、
守られていたのかもしれません。
けれど、母がとった、
その自分の心を守る方法は、
時が経って事実を知った私に対して、
「お祝いごとなんかしなくていい!!」
と、私に対して怒りだすくらい、
実は母自身の心に、
後ろ暗い気持ちを抱かせていたようでした。
孫のお祝いごとを、
私に黙っているという選択は、
きっとその時の母にとって、
一番簡単な選択だったのでしょう。
けれど、その時の自分の選択で、
後から母を非難などしていない、
私を攻撃してしまうくらい、
やましさを感じてしまうのなら、
そんな自分の心を守る方法は、
選ばない方がいいと、私は思いました。
私も、自分の孫に対して、
何でもしてあげられる訳ではないけれど、
してあげられない時は、
「してあげられなくてゴメンね」
と、素直に言える、
そんな見栄を張らない
おばあちゃんでいたいと、
そう思います。
その方が、隠されているよりも、
自分も娘夫婦も、そして孫も、
きっと幸せだと思うから。
だって本当はきっと、
孫に対するお祝いごとの時に、
何をしてあげたかということよりも、
祝ってあげたいという気持ちの方が、
ずっと大切なもので。
私が母に望んでいたことも、
その気持ちだったからです。

私が娘と一緒に選んだ孫への羽子板。
とってもちっちゃくて、安い物だけど、
私に羽子板を贈らせてくれた娘夫婦に、
とても感謝しています。