心的外傷/トラウマ

私の体験したスピリチュアル講座の怖い話その8~視える・聞こえる・感じるをありがたがらない~

参拝する女性

■初めにご理解いただきたいこと■
これは、あくまで私の主観及び個人的な体験に基づくものです。
特定の人物や講座等を誹謗中傷する目的ではなく、体・心・魂を取り扱う上で
「こういうことも起こりうるのだ」
ということを、スピリチュアルな講座を主催する側にも受ける側にも知って欲しくて記事にしています。
その事をご理解くださったうえで、お読みください。

前回の記事はこちら→私の体験したスピリチュアル講座の怖い話その7~エネルギーワークセッション~

私のスピリチュアル講座の体験記。

かなり長く続いた、
その1からその7までを読んで下さった方は、
きっと

「スピリチュアルなことが好き」

な方なのだと思います。

そして、こんな怖い体験をした今でも、
私はやはり、
スピリチュアルなことが大好きです。

でも、その【好き】のスタンスは、
かなり変わったように思います。

私はスピリチュアルなものを

「視える・聞こえる・感じる」

人を、スゴイ人だと思っていました。

そんなつもりは無かったのですが、
心のどこかで

「自分より上の人」

だと思っていたのだと思います。

私はエゴに振り回されるけど、
スピリチュアルなものを知覚できる人は、
人格も出来ている、
そんな思い込みが、
どこかにあったのだと思います。

だから、視えないものが視えるという、
講師の言葉をありがたがり、
言われるがままに、
両親を残虐に殺すイメージングを、
実行してしまった。

本当の本当は、
そんなことしたくなかったのに。

講師から両親の悪口を言われて、
声を上げて泣き続けるくらい、
悲しかったのに。

こんな経験をした今。

スピリチュアルなものを
「視える・聞こえる・感じる」ことが、

一つの才能

だということが分ります。

あなたがピアノを弾けるように、
私が絵を描けるように、
スピリチュアルなものを知覚できるのは、
才能の一つなのだ、と分ります。

そこに、人格の優劣などありません。

心が綺麗だから
「視えたり・聞こえたり・感じたり」
するのではありません。

だから、どんなにそれが、
有名な霊能者の言葉だったとしても。

もしかしたら、
神のお告げだと言われたとしても。

自分の心に聞いてみて、
自分が嫌だと感じるのなら、
その心を尊重すること。

それがとても大事なのだと分ります。

実は、同じメッセージは、
ずっと私の周囲に届けられていたのに、
私はこんな痛い思いをするまで、
本当には分っていませんでした。

私の大好きな霊能者さんが言った言葉。

生まれてきている皆が体を持った神さま。
神さまの世界から、全てを忘れて生まれてきた私たちは、それだけで勇気のある存在だから、ずっとそばで見守ってくれている存在達がいるの。

だからまず、何かあったら自分を守ってくれている存在達に聞いてみて。
全ては外ではなく内にあるのよ。

ありがたがるなら
「視える・聞こえる・感じる」
人ではなくて。

生まれた時から、
私を守ってくれている存在達。

確かに子供の頃に感じていた、
その存在達との絆を、
もう一度取り戻そうと参加した、
スピリチュアル講座だったからこそ。

自分に対する暴言を、
受け入れてはいけなかったことが分ります。

これからは、在りたい自分で在るために。

スピリチュアルなことが、
好きな自分を尊重するやり方で。

スピリチュアルなことに接していこう、
と思います。

これで、私の体験した、
スピリチュアル講座の怖い話は終わります。

長々とお付き合いいただいて、
ありがとうございました。

もしまだお時間が許す方は、
よろしければ後日談、
私の体験したスピリチュアル講座の怖い話・番外編〜講師の言葉と子供の気持ち〜もご覧いただければ幸いです。