私の成育歴の記事一覧は、愛着障害に関する成育歴にあります。
前回の記事はこちら→マルトリートメントと私22.問題児認定
※自分の記憶に基づいて書いているため、事実と違っている可能性があります。
ASD(自閉症スペクトラム障害)の特性のために、
皆んなと同じ行動をとる事が出来ず、
先生からは反抗的な生徒とみなされてしまった私は、
小学校2年生の時には、
担任の先生から授業でも無視されるようになりました。
ことの発端は、
絵を描く授業の時に、
私がASDの特性からこだわったものに対して、
先生が一方的に私の気持ちを無視した指示をしたため、
私は納得がいかなかったものの、
自分の気持ちを上手く言葉にすることが出来ず、
そのイライラも相まって、
誤学習した自分の意見を伝える方法として、
「泣いて怒って暴れる」
といった行動をとった私が、
自分の描いた絵をビリビリに破った結果、
先生は私を一切無視して授業を進め、
教室の後ろの壁に皆んなの絵を貼った時に、
私だけ何も貼りだされない、
という状況に陥りました。
それ自体は自分の行ったことだったので、
仕方のないことだったのですが、
先生はその後も、
教室の後ろに貼りだしたその子の絵の場所に、
さらにその子の書いた、
ペン習字や硬筆や別な絵などを、
上に重ねるように貼っていったため、
最初の絵が貼られていなかった私の、
ペン習字や硬筆や別な絵などは、
貼る場所がなく、
集められたまま、放置されていました。
私は先生から放置された自分の作品を、
誰にも見られないようにそっと回収して、
自分の机の中にしまいました。
その状況に気付いた同級生が、
先生に声をかけたのですが、
先生はその子を睨み付けたために、
その子は黙ってしまいました。
そこまでは自分のやったことなのだからと、
辛くても我慢していたのですが、
国語の授業参観で、
スクリーンに映した生徒の発表を、
先生が一人一人読み上げていって、
私の発表だけ先生が飛ばした時には、
さすがに顔が強張ってしまいました。
先生のとった行動はあからさまで、
私の発表だけが読み上げられなかったのは、
同じクラスの子供達も、
授業参観にきていた同級生のお父さんお母さんも、
そして何より授業参観に来ていた私のお母さんも、
気付いたはずでした。
その発表は、
5人の班ごとにスクリーンに映し出されていたため、
一人一人の意見がとても大きく表示されていました。
私の発表だけ見落とすなど、あり得ないことでした。
現に私の隣に座っていた同じ班の子供が、
「じゅんちゃんのだけ、先生読み上げなかったよね?」
と私に小さな声で聞いてきた位、
とても大きく名前まで表示されていたのです。
私は以前から、
自分の作品だけ教室に貼りだされなかったために、
その先生に無視されているような気はしたのですが、
それは自分が最初に絵を破いてしまい、
貼る場所がなくなったからだ、と思っていました。
だから、それは自分の自業自得なのだと、
悲しいけれど耐えることが出来ていました。
けれど、今回のことは違いました。
私はちゃんと授業を受けていたし、
せっかく授業参観に来てくれた母に、
いいところを見せたい、とも思っていました。
でも、いいところを見せるどころか、
担任の先生から無視されているという状況を、
母親に見せることになってしまいました。
そのことが、私は辛くて辛くてたまりませんでした。
母親は私に対して何も言ってきませんでしたが、
教室に私だけ作品が貼りだされていないこと、
発表を私だけ読み上げられなかったことを、
どのように思っているんだろうと、
気が気ではありませんでした。
私はその夜、担任の先生に提出する日記に、
「どうして私の作品だけ貼ってくれないのですか?
私が嫌いだからですか?」
と精一杯の自分の気持ちを綴りました。
自分のことを嫌いなのかと文字にするのが、
辛くてたまりませんでしたが、
お母さんに悲しい思いをさせる方がもっと辛いと思い、
私は勇気を出してその日記を提出しました。
その日記を読んだ先生は、
「貼ってほしいならそういえばいいじゃないか!!」
と私に文句を言ってきました。
私は作品を集められても、
最後にいつも放置されていたことを、
やっぱり上手く先生に言えずに黙っていました。
先生は私に今まで貼らなかった作品を提出させると、
私に悪態をつきながら、
教室の後ろの壁の一番隅に、
私の今までの作品を貼ってくれました。
先生はとても不愉快そうに怒っていました。
そんな担任の先生の姿を見ながら、
これでこれから作品を書いた時に、
自分の作品だけこっそり机に隠さなくていい安堵感と、
生徒を無視する先生という、
醜悪さに対する嫌悪感に苛まれ、
複雑な思いを抱いていたのでした…
マルトリートメントと私24.破かれた日記に続きます。