幸せになる方法

母に優しくしたい気持ちと自分の限界

ストレス

昨日、私は実家に帰省したのですが、
大晦日に帰省したのは、
独身で家族のいない私だけでした。

結婚して子供が1人いる兄は、
母曰く例年元旦の夕方に、
嫁と子供を車に乗せて、
帰省してくるそうです。

そして、一緒に帰ってきた兄嫁は、
1〜2時間ほど滞在したら、
兄と子供を残し、
新幹線で自宅に戻っていきます。

結婚前とその後1回くらいは、
兄嫁も実家に泊まっていたのですが、
その2回の宿泊で、
義両親と同じ家で一晩過ごすのは、
気疲れすることに気づいたのでしょう。

以来、もう10年ほど、
この帰省のスタイルを貫いています。
(今年は仕事のため、兄嫁は帰ってきませんでした)

そのため、兄が結婚する時には、

「もう、この家は兄夫婦の家になるのだから、
お前はこの家で勝手に振る舞うんじゃないよ」

と、
私が実家に帰省した際の心構えを諭した母も、
今では特に何を言うこともなく、
実家で父の法事の精進落としを行うために、
食事会を開いた際には、

  • 主催者 兄
  • 給仕担当 私
    (お返しの手配等法事準備含む)

という構図が当然のように出来上がり、
私が食事会のために、
お茶の用意や弁当、汁物の配布で、
1人でバタバタと忙しくしていた時には、
見かねた親戚のお姉さんが、
手伝いを申し出て下さり、
(ありがたかった!!)
そして兄嫁も"手伝いとして参加"する
という、
なんだか微妙な気持ちを味わいました。

親戚の集まり
(ご飯、ゆっくり食べられず。画像は実際のものではありません)

鹿児島の男尊女卑の環境で育ち、

「お前はいずれこの家を出て行く人間なのだから」

小学生の時から母に言われ
1歳上の兄と差をつけて育てられた私は、
この状況に思うところはあるのですが、
九州の割と自由な地域で生まれ育った兄嫁は、
このような封建的な風習には、
馴染みがないらしく、
多分親切心から、
"手伝い"を申し出ててくれています。

私が動かなければ、
母が困ると分かっている状況なので、
今は主力として動いていますが、
母が亡くなったら、
この実家に住む人間はいなくなり、
法事等は兄の家で行うことになると思われ、
その際には、
私が主力として動くことも無いはずなので、
きっとこの封建的な風習も、
私の代で途絶えるのでしょう。

周囲に対する気配りが苦手なASDの私が、
親戚の集まりを取り仕切るという、
能力的に困難な作業に当たっているのは、
ひとえに

母の負担を軽くするため

という理由に尽きるので。

昨日は自分と母の2人だけだったので、
あまり気を遣わずに済んだため、

「これなら大丈夫かもしれない!」

と、
1泊で帰る予定を2泊に延長したのですが、
少し無理をし過ぎたかも知れません。

今日は午後1時頃から、
1人で初詣と温泉に入りに出かけ、
1人の時間を確保したにも関わらず、
温泉から上がって家に帰ろうとする頃に、
左のまぶたがケイレンを起こし始めました。

これは、
私にストレスがかかっていて、
限界を迎えている時のサインになります。

本当の親子なのに、
長時間一緒にいられないなど、
困ったものです。

でも、これが、
ASDと愛着障害を、
合わせ持った私に出来る、
母への親孝行の現在の限界地点。

そのことを認めて。

明日の朝早く、自宅に帰ります。

せめてもの親孝行に買った、
昨年車をぶつけたという母への、
交通安全の御守り。

交通安全のお守り

神様へ
実の親でも長時間一緒にいると、
ストレスを抱えてしまう私の代わりに、
どうぞ母と一緒にいて、
母を守ってあげてください。

今回の帰省で、
何回か寿命の終わりを口にした高齢の母へ、
来年も御守りを買ってあげられますように。

今日は明日の帰宅に向けて、
早めに寝ようと思います。