社会との関わり方

自分を優位に立たせたい人間へはこう対応しよう

先日、お局部下が私に、

「私も点検したし、
同僚のIさんにも点検してもらったので、
合ってるんですけど、
難しい書類なので点検をお願いします」

といって、ある書類を私に持ってきました。

それは、
1年前に改正された法律が絡む書類で、
その法律に基づく手続きが、
かなり煩雑であるが為に、
以前お局部下が間違った処理をしていて、
私と揉めた事があった書類でした。


けれど、それだけ、
自信ありげに私に書類を持ってきた為、
今回はきちんと改正された法律を確認して、
適格な書類を持ってきたのだろう、
と思って点検すると、
明らかにその書類は間違っていました。

その間違いからは、
彼女がその法律を、
根本から理解していないことが、
はっきりと読み取れました。

「さて、どうしよう」

なぜ、法律を理解していないのに、
そんなに自信を持って、
この書類を私に持ってこれたのか、
その事自体もとても不思議に思いましたが、
それよりも私の頭を悩ましたのは、

「いかに穏便に彼女に間違いを伝えるか」

ということでした。

発達障害専門カウンセリングを通じて、
人付き合いは技術だと感じていた私でしたが、
仕事に対してとてもプライドの高い彼女が、
自信をもって回してきた書類の間違いを、
彼女のプライドを傷つけずに伝える事は、
とても難しい事でした。

発達障害専門カウンセリングで、
人付き合いの技術としてクッション言葉を習い
相手と波風を立てないように接することで、
最近良好になってきた彼女との関係も、
伝え方によってはまた、破綻しかねません。

だからと言って、
私は彼女の上司という立場上、
彼女の間違いを指摘しない訳にはいかず、
どうしようかと悩んだ末に、
私が出した結論は、

「彼女に教わる姿勢で話す」

というものでした。

私は彼女の機嫌の良さそうな時を見計らって、

「この書類は何でこうなるか教えてもらえますか?」

と、彼女に教えを乞うように話しかけました。

「この法律は適用しなくていいのかな?」

何で自分がこの書類が理解出来ないのか、
彼女の把握していない法律を交えて、
彼女に話す事で、
私は彼女の理解していない法律の内容を、
遠回しに彼女に伝えました。

彼女はひとしきり私の疑問を聞き終ると、
私に説明する為に、
自分の手元にあった法律資料を、
取り出しました。

「それについてはどこに書いてあったかな」

私の疑問に答えようと、
資料のページをめくる、
お局部下をみつめながら、
彼女に対して湧き起ってくる自分の感情を、
私はただひたすら、
第三者のように眺め続けました。

まだ自分の間違いに気付けないの?
貴女に付き合っている時間がもったいない。
私、資料のどのページに書いてあるか知ってるんだけど。
そして、そのページには貴女の理解と違う事が書いてあるよ。
私は元々理解しているから、
貴女が私から教わろうとしてくれれば、簡単に済むのにな!!

激しい感情は次々と湧き上がってきたものの、
でも、その感情を眺めている私が、
それらの感情に飲み込まれる事は、
ありませんでした。

私はただ静かに、
彼女が該当する資料のページを読んで、
自分の間違いに気づくのを待ちました。

しばらくして、
彼女はようやく自分の間違いに気付くと、

「あぁ、なるほどね」

と、資料を読んで気付いた事を、
元々そのように理解していた私に、
説明し始めました。

私は何も言わず、
ただ淡々と彼女の説明を聞いた後、

「そうか。じゃあ、そのようによろしくね」

と言うと、その場を去りました。

立ち去りながら、
この穏やかな自分の変わりようが、
不思議でした。

以前の私は、
自分が理解している事を人に説明されるのが、
とても嫌いでした。
私にも、自分は仕事が出来るという、
自負があったからです。

だから、やはり自分と同じように、
仕事にプライドを持ったお局部下と、
事ある毎に対立しました。

けれど、自分が、
発達障害グレーゾーンだと理解し、
発達障害脳をアートで改善しようと、
頑張っている現在、
私の価値観は変わりました。

仕事は自分の存在意義を見出す場所ではなく、
自分が幸せになる為に、
絵画教室やカウンセリングに通う為の、
単なるお金を稼ぐ手段でしか、
なくなったのです。

そんな風に仕事を捉えるようになった時に、
仕事をプライドを持ってやるお局部下は、
私にとって、

「有難い存在」

に変わりました。

どうぞ、私が絵を描いて、発達障害脳を改善する事に専念できるように、一生懸命働いて下さい、

と思うようになったのです。

そんな私に職場で自分の正しさの証明は、
もう不要でした。

自分の目論見通りに事が進めば、
途中経過などどうでもよくなったのです。

その為なら、
彼女に教えを乞うなど造作もない事でした。

自分が生きる糧を得るための職場で、
人や物事に対して、
誠実に生きるこだわりを捨てた私は、
とても楽に生きられるようになりました。

私が誠実に生きたい場所は他にある。

そのような場所を職場と別に持つ事が、
人間関係で躓きやすい、
発達障害グレーゾーンが、
幸せに生きる方法の1つではないか、
と思います。