私の成育歴

マルトリートメントと私11.孤独な私の話し相手

遺影
私がなぜ、自分の生育歴を振り返るようになったのかは、私が自分の成育歴を振り返ることにした理由をご覧ください。
私の成育歴の記事一覧は、愛着障害に関する成育歴にあります。

※自分の記憶に基づいて書いているため、事実と違っている可能性があります。

孤独な私の話し相手

遺影
父、母、兄、私という4人家族でありながら、
父と兄から要らないと言われた私は、
家族の中での居場所がありませんでした。

また、かなりの田舎で、
近所に歳の近い子供も住んでいなかったため、
私には小学校に上がるまで、
兄以外の遊び相手はいませんでした。

だから小学校に上がる前の、
幼い私の話し相手は、
家の外では草や木といった植物や、
風や太陽といった自然のものになり、
家の中での私の一番の話し相手は、
仏壇の隣にかけられていた、

「おばあちゃんの遺影」

でした。

私は何かあると、
おばあちゃんの遺影に話しかけて、
その表情の変化で、
怒られたと感じたり、
一緒に喜んでくれたと感じて、
嬉しくなったりしていました。

幼い私には、おばあちゃんの遺影の表情が、
自分の話に合わせて、変化していたように感じられていました。

仏壇にはおじいちゃんとおばあちゃんと、
お父さんのお兄ちゃんの遺影が、
かけられていましたが、
幼い私には、
おばあちゃんが一番、
私の話を聞いてくれているように感じて、
私はおばあちゃんが生きていた頃に、
お話したことはなかったけれど、
私は遺影のおばあちゃんのことが大好きで、
遺影のおばあちゃんも、
私のことを好きでいてくれると思っていました。

だから、
家族の中に自分の居場所はなかったけれど、
居間から離れて仏壇のある部屋に行ったら、
私は寂しくなくて、
自分を迎え入れてくれているように感じて、
私は遺影のおばあちゃんに甘えるように
いっぱい心の中で話しかけました。

お母さんのことも大好きでしたが、
父の嘘を信じていた私は、
自分のせいで体を悪くしてしまった母に、
甘えることが出来なくなっていました。

それでも、誰かに甘えたくて。

そんな幼かった私が愛着を結んだ相手が、
遺影のおばあちゃんだったのでした。

マルトリートメントと私12.死を覚悟した出来事に続きます。