私の成育歴

マルトリートメントと私14.家を出る準備

私がなぜ、自分の生育歴を振り返るようになったのかは、私が自分の成育歴を振り返ることにした理由をご覧ください。
私の成育歴の記事一覧は、愛着障害に関する成育歴にあります。

※自分の記憶に基づいて書いているため、事実と違っている可能性があります。

「自分は拾われた子」に希望を抱く子供

橋の下
私が子供の頃には、
よく言うことを聞かない子供に対して親が、

「お前は橋の下から拾ったきたんだ」

と言って、

「あんまり言うことを聞かないと、また橋の下に捨ててくるぞ」

という風に、
脅しをかけることがありました。

兄にとってこの言葉は、
親の狙い通りの辛い言葉だったようですが、
私にとっては違いました。

「私には他に本当の家族がいるかもしれない」

と思うことは、
家に居場所がない私にとっては、
とても幸せな夢想が出来る言葉だったのです。

その夢想の中では、
私には取られることなく安心して食べらる食事と、
親の顔色を伺わなくても、
追い出されずに安心して過ごせる家があり、
そのお家の中で私は、
本当の家族と笑って過ごすことが出来ていました。

それはその時の私が、
心の底から望んでいたものであり、
この家では手に入らないと、
諦めたものでもありました。

だから、
この家から出て行こうと決心した時に、
私が寂しさを感じることは、
ありませんでしたが、
準備が必要だ、
とは感じていました。

母の体を悪くしたのは私と父親から責められ、父と母の喧嘩の原因も私だと思っていたため、自分がいなくなれば母は幸せになると思っていました。

家を出る準備

旅立つ女の子

私は自分が親の許可がないと何も出来ない、
無力な子供であることを知っていました。

この家に居場所が無いからと無策で出ていっても、
ちゃんと逃げきることが出来ず、
警察などの大人に捕まって、
家に連れ戻された場合、
許可を得ず勝手な行動をしたことで、
父親の怒りを買い、
今よりも酷い目に遭うことは容易に想像出来ました。

そうなれば、
今よりももっと自由が奪われて、
もう2度と逃げ出すチャンスは無くなるから、

「逃げ出すチャンスは1度だけ」

だと、
だからどんなに辛くても焦ってはいけないと、
自分に強く言い聞かせました。

そして私は、
自分が生きる場所を求めて家を出るのだから、
悪い大人に捕まって、
今度はその大人から、
眠る場所や食事を取り上げられるなどの、
酷い目に遭わされるのは、
絶対に避けなければいけない、と考えていました。

だからまず、
そのような事態を避けるために、
私は自分に出来る準備を、
行うことにしました。

私は自分がお年玉でもらったお金で買った、
キャンディキャンディというアニメのキャラクターの、
オモチャのミシンについていた布で、
小さな巾着袋を作りました。

私はいつでもサッとこの家を出ていけるように、
自分の大切なものは、
この巾着袋に収まる範囲の物までにすると決め、
それ以上、
大切なものをつくらないように努めました。

そして次に私が行ったことは、

「お金を貯めること」

でした。

私は新聞広告の裏の白紙を使って、
お小遣い帳を作りました。

親から一万円札の形の貯金箱をもらって、
私はその貯金箱の中に、
コツコツと自分のもらったお金を、
貯めることにしました。

それは、
親からもらった駄菓子代を残してつくった、
5円、10円といった少ないお金でしたが、
私にとっては大切なお金でした。

その残高が少しずつ増えていくことが、
私にとって密かな楽しみになりました。

そのお金の残高は私にとって、
幸せな未来に繋がる希望だったのです。

自分の部屋など持っていなかった私は、
居間にある押入れの隅を、
自分の場所にこっそり決めて、
そこに巾着袋と貯金箱を揃えて置いて、
自分の居場所がないこの家から出ていく準備を、
着々と進めていったのでした。

マルトリートメントと私15.小学校の入学用意に続きます。