私の成育歴の記事一覧は、愛着障害に関する成育歴にあります。
前回の記事はこちら→マルトリートメントと私23.先生からの無視
※自分の記憶に基づいて書いているため、事実と違っている可能性があります。
私が前回の記事で担任の先生に訴えた日記は、
宿題として、毎日書いて提出するものでした。
ですが毎日、毎日なんて、
書くこともそうありません。
特に私の家は、
父のやりたいことではなくて、
父以外の他の家族が本当に行きたかったり、
行かなければならない用事で、
週末に家族で出かける約束をしていた場合、
父が自分の気分次第で簡単に、
「やっぱり行くのは辞める!」
とすぐに約束を反故にして、
昼間からテレビを見て酒を飲んで、
一緒の家に住んでいるのに、
まるで私達家族などいないかのように、
一人で好き勝手に振る舞う人だったため、
私達家族は週末でも父の顔色を伺って、
父の機嫌を、
取り続けなければいけませんでした。
そんな日常が当たり前だったため、
父との約束を楽しみにしていても、
どうせ裏切られるだけだと、
父に期待などしなくなっていた私は、
かえって約束が守られた時など、
嬉しくてたまりませんでした。
だから私は、
父が約束を守ってくれたその日の夜に、
その嬉しかった気持ちを、
家族皆んなが集まっていた居間のコタツで、
日記に書き綴っていました。
家族で何か出来たことが、
とても楽しくて幸せでご機嫌でした。
けれど私のその幸せな気持ちは、
長く続くことはありませんでした。
同じコタツで酒を飲んでいた父が、
私の書いていた日記を読んで、
激昂したからです。
「何を書いてやがるんだ!!」
父の怒声が居間に響いた時に、
私は最初、自分の日記が原因で、
父に怒られているとは分かりませんでした。
なぜなら私は、
その日、家族で出かけた楽しかったことを、
日記に書いていたからでした。
私は訳が分からず、
ただ驚くしか出来ませんでした。
「先生にチクりやがって!!」
そう父に言われても、
私は父が何に怒っているのか、
さっぱり分かりませんでした。
けれど私の隣に座っていて、
私の日記の内容を知っていた母は、
父の怒りを理解したようでした。
母は状況が飲み込めない私に代わって、
父にこう言ってくれました。
「ちゃんとじゅんは最後に、
楽しかったって書いてるじゃない!
先生にチクろうとしてる訳じゃないでしょう!!」
今にして思えば、
小学校2年生の子供が週末に出かけるために、
父親の顔色を気にして、
何回もご機嫌を伺いながら、
ようやく約束を守ってもらったと、
日記に書かれるのは、
父親としての体裁が悪かったと、
分かるのですが、
その頃の私には、
その生活が当たり前で普通だったため、
父のそのような言動を、
他の人(担任の先生)に知らせることが、
父の顔を潰すことになるなどとは、
思ってもみなかったのです。
母はまた、
一生懸命に私を庇ってくれたのですが、
父の怒りは収まることなく、
私から日記を取り上げると、
ビリビリに破いてしまいました。
父は力がとても強かったため、
もう、冊子の原型は留めておらず、
先生に提出出来ない状態だったのですが、
それでも父の気持ちは収まらなかったのか、
「コイツの日記のせいで、俺が悪くなるのは嫌だ!!」
と言って、
夜の8時前という時間だったにもかかわらず、
父は私の担任の先生に電話をかけて、
いかに私の日記が嘘で、
自分は悪くないのかを、
先生に怒りながらまくし立てました。
私の子供の頃には電話連絡網というものがあって、クラス全員の家庭の電話番号と、
担任の先生の電話番号が載った一覧表が、各家庭に配られていました。
私はそんな電話を、
担任の先生かけられたことが、
とても恥ずかしくて、
毎日提出しなければならない日記も、
破かれて冊子ごと無くなってしまったため、
父からの電話で真実を知っている先生に、
「宿題を忘れました」
と嘘をつくのが、
とても嫌だったのですが、
次の日に、
とても先生に対して気まずい気持ちのまま、
何とか学校に登校して、
宿題の日記を集めている時に、
先生に向かって忘れたと私が伝えると、
担任の先生は、
何事もなかったかのように振る舞い、
私は宿題を提出し忘れた子供として、
普通に扱われました。
私はそんな先生の態度に、
クラスの子供達に、
自分が引け目に感じている、
家庭環境がバレずに済んで、
ホッとしたのですが、
大人になった今の自分の視点からみたら、
私がこんな家庭環境だと分かっていても、
私を問題児とみなしたこの先生の対応こそ、
問題があったのではないか、
と思っています。
担任の先生にとって、
私は家庭環境まで含めて、
関わりたくない子供だったのでしょう。
そして、私が書いた日記の内容が、
担任の先生に読まれたら、
自分の体裁が悪くなると、
理解していた父も。
決して父に発達障害があったから、
家族に対して、
あんな態度しかとれなかったのではなく、
自分の家族に対する態度が、
他人の目から見たら非難されるものだと、
分かっていてやっていたのだと、
私はこの出来事を思い返して、
気がついたのでした…
マルトリートメントと私25.失った味方に続きます。