私の成育歴

マルトリートメントと私46.自分の好みが分からない中学生

自転車
私がなぜ、自分の生育歴を振り返るようになったのかは、私が自分の成育歴を振り返ることにした理由をご覧ください。
私の成育歴の記事一覧は、愛着障害に関する成育歴にあります。

※自分の記憶に基づいて書いているため、事実と違っている可能性があります。

自分が小学校卒業後も、
生き続けなければいけない、
と分かった私は、
他の子と同じように、
中学校の入学準備を始めました。

制服や体操服などは、
学校で細かく規定されていたため、
特に悩むことはなかったのですが、
一番困ったのは、

「自転車の選び方」

でした。

私は田舎に住んでいたため、
町には1つの中学校しかなく、
遠くに住んでいる子は、
片道6キロメートル以上の距離を、
通わなければならず、
通学に自転車は必須となっていました。

私も自転車通学になるために、
自転車を買わなければならなかったのですが、
小学校生活に馴染もうとするために、
ASD(自閉スペクトラム症)の、
自分の特性を押し殺して、
同級生のすーちゃんのマネをすることで、
普通を教わっていた私は、
この頃にはもう、
自分を押し殺し過ぎて、
自分の好みが、
分からなくなっていました。

すーちゃんのお母さんから、

「あの子と遊んではいけません」

と言われていた私でしたが、
すーちゃんの家の近所に越してきた、
"ゆきちゃん"が、
またすぐに引っ越してしまい、
すーちゃんと遊べる年齢の女の子が、
また私以外、
近所に居なくなってしまったため、
小学校6年生の頃はなし崩し的に、
私とすーちゃんはまた一緒に、
遊ぶようになっていました。

けれど私の心の中には、
すーちゃんに対して、

「いつか私を裏切る存在」

だという思いが鬱屈としてあり、
私がすーちゃんに、
素直に心を開くことは、
もう出来ませんでした。

学校で浮いていてはいけないから、
必死に作った友達の1人。

私にとってすーちゃんは、
その程度の存在になっていました。

いいえ。

その程度の存在にしなければ、
もしまた、すーちゃんに、
捨てられてしまった時に、
私の心が、
耐えられなかったのだと思います。

結局、
私は自分の好みで、
自転車を決めることが出来ず、
すーちゃんと話をして、
カタログに載っていた、
一番高い自転車の、
色違いを買うことにしました。

すーちゃんが赤で、私が青でした。

私が買いたい自転車を母に告げると、
一番高い自転車だったため、
もっと他の自転車を選ぶように、
散々文句を言われましたが、
何でも高い物が良いモノだ、
と思っている父が、
私の意見に賛同してくれたため、
私は無事に、その自転車を、
買ってもらうことが出来ました。

この時、

私は自分が父と似ている

と感じました。

自分の中に判断基準が無いため、
値段で良いモノを判断し、
高ければ人から馬鹿にされない、
と考える思考。

それは明らかに、
周囲の人間に対して、
コンプレックスのある人間の、
価値基準の考え方でした。

私は子供の頃から父親似、
兄は母親似だと言われていました。

昔の人で、
検査はしていなかったけれど、
私よりも、
言動が発達障害に当てはまる父は、
きっとそのことで、
人から馬鹿にされてきたことが、
あったのだと思います。

「高いモノだから馬鹿にされない」

という安心感は、
女の人がブランド品を持っていて、
安心するような安心感を、
普通が分からない父や私のような人間に、
与えてくれました。

自分の好みではなく値段(の高さ)で決める。

「普通でなければらない」

という強迫観念に囚われて、
自分の好みだと、
普通と違う選択ばかりしていてた私は、
自分という人間の選択を、
信じられなくなっており、
決して裕福な家に育ってなどいないのに、
お金をかけることでしか、
周囲の人達の前で、
堂々と振る舞えなくなっていたのでした。

マルトリートメントと私47.読み違えた対応に続きます。