回想録

親戚の中で評価が上がった私が兄に対して行った挑戦.2

兄妹

兄との関係改善に着手しようと思った動機→コチラです。

就職してからの私は、
親戚達の中での評判が、
格段に良くなっていきました。

「じゅんが明るくなった」

と評価した親戚もいましたが、
それは私が明るくなったのではなく、
自立して家を出たことで、

マルトリートメントを行っていた家族から離れられたこと

が大きく影響していました。

親戚が明るくなったと評価した私の方が、
本来の私なのだと、
強く感じていました。

ひまわりと笑う女の子
父親が短気で、
すぐに怒鳴って暴れる人間だということは、
親戚中みんな知っていましたが、
私が父親の性的興奮に使われていたことは、
誰も知ってはいませんでした。

少しずつ、取り戻してきた自分を、
評価してもらえることは、
私にとっても、
大変嬉しいことであり、

「私はこれでいいんだ」

と思う、自信にも繋がっていきました。

それでもまだ、
男尊女卑が強い家風の残る地域だったため、
長男である兄の、
親戚の中で占める優位は、
変わらなかったのですが。

そんな兄の優位を覆す、
大きな出来事が起きました。

それは2年前に父が亡くなった時のこと。

事務手続きに詳しい私が、
全ての役所等の手続きを担当し、
その手続きの中で役所側の間違いに気付き、
その点を役所側に指摘したところ、
"素人が何を言ってるんだ"
とばかりの態度で、
私の言うことに耳を貸そうともせず、
間違いなど無いと言い張った役所側に対し、

間違いを認めさせる行動を取ってから、
親戚達の中での私の株が急上昇しました。

そして、それに伴い、

じゅんが手続きをしたから、
その間違いに気付けて、
役所側に間違いを認めさせられたのであり、
兄がやっていたらこうはいかなかった。

という風潮が親戚の中で起き、
何も役に立たなかった兄への評価は、
一気に下がりました。

大変な時に頼りになるのは"長男"という、
幻想が崩れたのです。

私も自分が納得しないと、
周囲と揉めることになろうとも、
とことん突き詰めてしまう、
ASDの特性を持った私とは違い、

「長いものに巻かれてやり過ごす」

ことを、
処世術として生きてきたであろう兄は、
例え役所側が言うことに、
何かの違和感を感じたとしても、

「役所側がそう言うのだからそうなのだろう」

と、
アッサリ引き下がったと思うので、
親戚達のその認識は、
間違ってはいないと思うのですが。

長男だからと色んな期待をされる、
兄は大変だなぁと、
そんな親戚達を見ていて思いました。

そして、気がつくと。

父や母や私に対して、
あんなに不遜な態度を取っていた兄も、
だんだんと、
覇気が無くなっているように感じたのです。

そんな兄を見て。

以前の威張り散らしていた兄とは、
関係改善など考えてもいなかった私ですが、
現在の兄とならば、
コミュニケーションの改善を図ってもいいのではないか、
と私は考えました。

私の中での兄とのコミュニケーション改善は、
兄と心の壁を取り払って話すこと、でした。

ちなみに現在の私と兄は、
兄の息子【甥】を挟んでようやく会話が成り立つという、
熟年夫婦のような会話しか出来ていません。

だから今回、
私はある挑戦をしました。

兄と一緒に帰省してきた割と都会っ子の甥が、
ストーブというものにあまり馴染みが無いらしく、
ストーブの上のヤカンのお湯が沸いて、
カタカタ鳴った時に、

「これ、何の音!?」

と言って、
小学校3年生の甥は、
何の音か分からず怯えてしまい。

お湯が沸いたストーブ

そんな甥に対して兄が、

「ヤカンの音やん。本当にKちゃん(甥の名前)はビビリだね」

と言った瞬間を狙って、
私は2人に対してこう言ったのです。

「お父さんもビビリだったからしょうがないね(笑)」

って。

これ、
殆ど会話らしい会話をしない兄妹であり、
以前は見下げられていた私にとって、
相手を茶化すという、
かなりなチャレンジ発言です。

私の言葉を聞いた甥は、

「父さんビビリなの??」

と驚いて聞いていました。

私はそんな甥に対し、
心の中でこんな風に答えていました。

はい。
キミのお父さんがビビリなのは本当です。
子供の頃、キミのお父さんは虫が怖くて、
本当は同じように虫が怖かった、
妹である私の背中にいち早く隠れ、
私を虫に対する盾に使った
紛れもないビビリ君です。

以前だったら、こんな私の発言に、
握り拳をつくり、
恫喝して怒ったであろう兄は、
少し笑って甥にこう答えていました。

「そう、お父さんビビリ」

そう言った兄の言葉を受けて、
私は甥にこう言いました。

「ビビリは遺伝だから仕方ないね(笑)」

あくまで冗談のように、
笑顔で言いながら。

私は兄と、私がイメージする、
普通の兄妹のような会話が出来たことに、
大変満足していました。

そして、ここまでが、
私と兄の現在の、
コミュニケーションの限界点だろうな、
と考えていました。

でも、私の軽口を兄が受け入れたことで、
兄に私を否定する気持ちは無くなったんだな、
と感じました。

それは幼少期に兄から、

「お前さえ居なければうちの家族は上手くいくのに!!」

と言われた私が、
40年以上をかけて手に入れた、

「兄からの存在の承認」

でした。