回想録

私が実の父親から受けた"私は幸せになってはいけない"という呪いを解けた理由.3

蕁麻疹

誰かの一番大切な人

になるために、
自分と同じように大切な人を持たない、
家族に恵まれない孤独な人を、
探し求めていた私でしたが、
そのような人に出会うことは無く、
私は苦しいまま中学、高校を卒業した後、
就職するために有利な、
ある資格の取得を目指して、
1年制の専門学校に入学し、
寮に入って暮らしていました。

多分、この寮での生活が、
ASDで集団生活が苦手な私の、
多大なストレスとなり、
体に異常をきたしてしまったのだと思います。

私が寮に入って5ヶ月が過ぎた頃から、
体中に蕁麻疹が出るようになり、
顔などはまるで殴られたボクサーのように、
目蓋も唇もボコボコに腫れていて、
腫れた場所が痒くて熱くて、
その痒さと熱さを紛らわせるために、
1日中冷水のシャワーを浴びて体を冷やし、
外に出ることも出来ない状態でした。

蕁麻疹
(毎日体中が痒くて発狂しそうでした)

病院を受診しても原因不明と言われ、
どうしようもなくなった私は、
専門学校の寮を出て、
その頃母親が一人で住んでいた実家に、
一時帰省したのですが、
実家では一人の時間が持てたせいか、
蕁麻疹が出ることがなかった私を見て、
母親は私にこう言い放ちました。

「働きたくないから、
仮病を使ってるんじゃないのか!!」

私の通っていた専門学校は、
就職に直結する資格の取得を目指していたため、
母親は私が資格を取得して就職するのが嫌で、
仮病を使っていると思ったようでした。

母親にとって私は、
こんな唾棄するような言い方をされる人間なのだ。

母親のこの言葉を聞いて、
私は自分が、
母親にどう思われているかを思い知り、
それ以上実家に居ることは、
出来ませんでした。

専門学校の寮では、
蕁麻疹が出て暮らすことが出来ないけれど、
実家では蕁麻疹は出なくても、
居場所が無くて暮らすことが出来ない。

かといって、
ASDと愛着障害を併せ持っていた私に、
家に住まわせてもらえるほど、
親しい友人などおらず、
私の居場所は、
精神的にも物理的にもありませんでした。

そんな時でした。

元准看護師だと言う男性が、
目の前に現れて、
私に手を差し伸べてくれたのは。

その人は私の目に黄疸がでていることと、
私の食生活を話を聞いて、

「肝臓が弱っている」

と言い、
心身ともに弱っていた私を、
甲斐甲斐しく世話してくれました。

そして、
その男性は医者では無かったので、
私の肝臓を回復させるために、
市販のこの薬を買ってくると、
私に飲むように言いました。

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その男性の献身的な介護が良かったのか、
この薬が効いたのか、
わたしの体は少しずつ回復し、
あんなに酷かった蕁麻疹も、
出なくなってきました。

私は実の母親からさえ見捨てられた自分に、
こんなに親切にしてくれる男性に、
心から感謝しました。

本当に辛い時を救ってくれたこの男性を、
私は神様のように崇めました。

彼が私に話してくれた、

小学校の先生をしている母親が、
出来の良い兄ばかりを可愛がり、
自分は構ってもらうことが出来なかった

という話しも、
私に親近感を抱かせました。

そんな状況だったため。

神奈川県に就職が決まっていた私に、
その男性が、

「家族を捨てて一緒に福岡で暮らそう」

と言ってきた時に、私はすぐに承諾しました。

私は福岡にある専門学校に通っていて、
その男性と福岡で出会っていました。

子供の頃からずっと欲しかったHOME(家庭)を、
私はようやく手に入れられるのだ。

夢見た家

そう思ったら、
例え2人ともアルバイト暮らしで、
貧乏だったとしても、
とても幸せだと思いました。

その男性も同じ専門学校に通っていましたが、
資格試験に落ちて就職が決まっていませんでした。

私はその男性に乞われるがままに、
その男性の目の前で、
内定の出ていた神奈川県の会社に電話して、
いただいていた内定を辞退しました。

その男性は私の電話が終わると、
満面の笑みで私の頭をなでて、

「俺を選んでくれてありがとうな」

と嬉しそうに言いました。

そんな男性の笑顔を見ていて、
私もとても嬉しくなりました。

私はようやく誰かの一番大切な人になれるのだ。

そう思ったら、
喜びと安堵で胸がいっぱいになりました。

手に入れた幸せ

けれど私のこの喜びは、
すぐに打ち砕かれてしまうことになりました。

私が就職先の内定を断わって、
その男性と一緒に暮らすために、
専門学校の寮を出る手続きを済ませた数日後。

その男性は私にこう言ってきたのです。

「2人でバイトで福岡で暮らせる訳ないだろう。
俺の母ちゃんは体が悪いから、
俺は母ちゃんが住んでる実家に帰る。
お前も俺の実家で暮らせ」

それは私の行くアテが、
全て無くなってから言われた、
とても卑怯で卑劣な言葉でした。

私はその男性に裏切られ騙されたと思い、
彼という人間に、
嫌悪感さえ抱きました。

それでもまだ健康に不安があり、
これからアルバイトで生計を立てたとしても、
蕁麻疹が再発して、
働けなくなることが怖かった私は、
その男性が提示する場所以外、
行く場所がありませんでした。

どんなに酷い状況だったとしても、
私に実家に帰る選択肢だけは、
残っていなかったのです。

長くなりましたが、
私が実の父親から受けた"私は幸せになってはいけない"という呪いを解けた理由.4
に続きます。