セラピー/カウンセリング

心理セラピストから受けた発達障害者に対する偏見との向き合い方

偏見

家庭的に恵まれず、
学校にも居場所がなかった、
色々と苦しい思いをして生きてきた私が、
自分を幸せにするために、
20年以上の年月をかけて、
努力して身につけた習慣があります。

それは…

物事の良かったことを見つけること。

私が子供の頃に、
愛少女ポリアンナ物語というアニメがあって、
主人公であるポリアンナが子供の頃に

「良かった探し」

という遊びをしていたのですが、
私は大人になってから真剣に、
その遊びを行なっていました。

自分を幸せにするために。

どんな出来事の中からでも、
良かったことを見つけだす、
というこの遊びは、
本当に、
自分を幸せにしてくれる効果があって、
私の人生は少しずつ好転してきたので、
本当は自分が幸せな今、
こんな風に、過去に自分に起こった、
辛い出来事に目を向けるのは、
自分を不幸な時代に、
引き戻してしまうのではないかと、
危惧する気持ちもありました。

でも、
とある心理セラピストの方と話していて、
私はある出来事が、
とても気になってしまったのです。

私は発達障害の1つである、
ASD(自閉スペクトラム症)の、
グレーゾーンに該当する人間です。

人間関係が、
上手くいかない理由を探しまわって、
発達障害という言葉を知り、
田中ビネー知能検査という、
検査を受けたところ、
論理・推理という能力だけが、
平均下限値に僅かに及ばず、
発達に凹凸のある発達障害者だ、
ということが分かりました。

発達障害は知能の発達にばらつきがあるということであり、知能が低い、ということではありません。

なお、この検査は、
心理士の方に行なってもらったため、
この検査で発達障害の診断がついた、
ということではありません。
(診断はお医者さんにしか出来ないため)

私は自分が発達障害だと知った時、
学校や職場で、
人と必ず揉めてしまう理由が分かって、
これでやっと、
自分の人生を好転させることが出来ると、
とても嬉しくて、
その当時関わりのあった、
心理セラピストに話したところ、
それから会話で、
何か意見が合わないことが起こるたびに、

「あぁ、ASDの人は想像力がないって言いますからね」

「ASDの人は共感能力が乏しいですもんね」

と、意見が合わない理由を直ぐに、
私がASDであることに結びつけ、
その他の可能性について、
目を向けなくなってしまったのです。

私はそんな心理セラピストの態度に、
非常な危機感を覚えました。

なぜ意見が合わないのかを、
話し合ってみようとせず、
意見が合わない理由を、
発達障害のせいにして、
会話を打ち切ってしまう場合、
そんな相手側の意識に潜むのは、

「私の意見が正しい」

という思いです。

だから、意見の合わない私と、
話し合う必要性を感じず、
会話を一方的に、
打ち切ってしまうことが出来るのでしょう。

でも、私が、
そんな心理セラピストと会話をしていて、
感じているのは、

「この人は私の言うことを理解してくれていない」

という思いだったりします。

自分が正しいと信じて、
私の話に耳を貸さない心理セラピストの方が、
私の目からみれば、
共感力が乏しく感じられるのです。

会話は1人で成り立つものではなく、
双方向の、
コミュニケーションであるはずなのに、
会話の不成立を一方的に、
相手側の責任にするのはおかしいと、
私は思います。

ただ、これが普段、
自分の周囲にいるような人間だったなら、
私はここまで危機感を、
覚えたりはしなかったでしょう。

自分が正しいと思い込んで、
生きている人間なんて、
たくさんいるのですから。

私が危機感を覚えたのは、

相手が心理セラピスト

だったからでした。

私が発達障害だ、
ということを知ってから、
それ以上私のことを、
詳しく知ろうとせず、
私とその心理セラピストの間に、
なにか問題が起こるたびに、
その心理セラピストは、
私の発達障害のことを口にしましたが、
私の子供の頃は、
昨日のブログに記したように、
とても正常に成長など出来ないような、
環境でした。

私は人間関係で、
問題を起こしやすい、
性質を持った人間かもしれませんが、
それは発達障害のせいではなく、
幼少期の生育歴が、
関係しているかもしれないのです。

なぜなら、
生まれながらに要らないと言われて、
母の健康を害した人間だと、
責められて生きてきた私は、
人と関わることを、
とても恐れる人間だったからです。

実は、
発達障害とよくにた特徴を現すものに、
愛着障害というものがあります。

幼少期に養育者に愛されているという、
絶対的な安心感を持てなかった子供は、
成長するにつれ、
人間関係で問題を抱えることが多いのです。

私は確かに発達障害に該当する人間ですが、
愛着障害に該当する人間でもあります。

そのことを考慮せず、
ただ一方向から、
私のことを決めつけてしまったら、
その判断は間違っている可能性が高いのです。

心が正常に発達しない理由は1つではない。

人の心という、
とても繊細なものを扱う人にほど、
覚えておいて欲しいことだと思います。